食いしん坊、北米でヴィーガンになる

北米で植物性食品を食べて強く生きる記録

早飯早*は成功の鍵か?

先日、毎日料理にかける時間はいかほどか、、という話を書きました。

では、毎日、食事にかける時間はいかほどでしょうか。

 

さっさと食べなさいというメッセージ

私は子供の頃、食べながらおしゃべりをするので、食べ終わるのが家族の中で一番遅くて、よく親に「早く食べなさい」「喋ってばかりいないで食べなさい」と言われました。

父などは下品なことに「武士は早飯早*じゃなきゃ」などという意味のことを言ったりも。

私に武士の心得を説いてどうするつもりだったんでしょう。

 

でも親と祖父母だって、食事中にヤイヤイいろんな話をして盛り上がっている人たちでしたので、一言も喋らず黙々と食べてさっさと食事を済ませて食卓をさる、、、という訳ではありませんでした。

だたそれに輪をかけて喋って時間をかけて食べてる子供はまあ、面倒臭いし、片付かないからさっさと食べ終わりなさい、ということだったんだと思います。

 

成長するにつれ食べるスピードが加速

一人暮らしをしていた頃には、料理にかかる時間が30分なり1時間なりだったとしても、食べるのはものすごく早くって(一人で食べますから喋りませんし)なんだろう、せっかく手間をかけても味わうのは電光石火のスピードで終わってしまうんだなあと感じたり。

だからと言ってゆっくり食べようとは思いませんでしたけどね。

朝は「仕事行かなきゃ」昼は「休み時間内に食べ終わらなきゃ」ですしね。

 

現在は仕事場では週に二回、昼食を作って人々に提供しています。

12時に、「ランチ出来たよ〜」と呼んで、それを取りに来る人たちに「Bon apetit」と声をかけ、ささっとその場を片付け(皿洗いや鍋洗いではありませんよ、洗い物を流しに持っていくとか、牛乳を冷蔵庫に戻すとか、そういう程度です。5分くらい。)さあ自分もご飯を食べよう、と自分の弁当を電子レンジに入れたりエプロンを外したりしていると、もう食べ終わった人たちが食器を戻しにくるのです。

 

「えええ?もう食べ終わったの?」と驚くほどの速さです。

 

味わって食べたのか?と怪しむほど。

 

5分で食べちゃって「おかわりある?」と戻ってくる人もいます。仮に少し残ってて、おかわりを提供したとしても、そういう人は二皿目も5分程度で平らげてしまいます。

 

私も割と早い方ですが彼らの速さには負けます。勝負じゃないですけど

ちゃんと噛んでるのかな?

 

ファースト・フード、イート・ファースト

現代の生活様式だと、どうしても「早く」何かを終わらせることが重視されてしまいますよね。

 

朝食なんか、やっぱりどうしても、のんびりとくつろいで会話を楽しみながらの食事というわけには行かないのが私の現実です。

 

昼は、職場でいろんな人たちと会話をしながら食べますけれど、電話がかかって来たり、緊急の用事があったりするので、会話をしてのんびりしているようでいて、実はさっさと食べ終わりたい気持ちが結構強いです。

 

一緒に食事をしている職場のクライアントの人たちの中には、おしゃべりが先になって皿がなかなか空にならないタイプの人もたまにいますが、ほとんどは先ほど書いたように、5分くらいで食べ終わるタイプ。

 

食べるということが、美味しいものを味わって、空腹が満たされて、幸せな気持ちになる行為だとすると、彼らはそれを5分で終わらせてしまいます。

でも、その後「もうちょっとこの幸せを楽しみたい」と思うようで「お代わりできるかな」と来るんだと思うんです。

 

結果として、ほどほどなら体にいいはずの食事を二人ぶん食べてしまうわけなので、体もちょっと苦しくなりますし、短時間で一気に吸収した炭水化物が体を疲れさせたり眠くさせたり、血糖値を急上昇させたり。

 

早飯は成功の鍵どころか、いいことないですよね。

 

本来なら、体がサインを出しますよね「もうお腹いっぱいだから、これ以上は食べたくない」と。

ゆっくり噛んで時間をかけて少量を食べるダイエットみたいなものがずいぶん前にあったと思うのですが、痩せるためではなくて、適量を知るためにもやっぱりある程度は食事に時間をかけることは必要です。

 

食べる時間の長短のみならず、食事は、近しい人々と楽しく時間を共有する機会であるべきですよね。

子供の生育にも夕食を家族で一緒に取る習慣のある家庭であるかないかが大きく関わるって言いますよね。成人したからって、家族とともに食事することの利点が失われるわけではないでしょう。

 

 

ゆっくり食べる余裕を確保する

5分くらいで食べ終わってしまう人たちほどではありませんが、私自身も、三食のうち二食は慌てて食べてるわけなので、どうにかしたいもの。

 

職場で食べる食事はどうしてもその日の仕事の状況にかなり影響されてしまいますので、三食のうちの朝と晩くらいはせめてのんびりと余裕を持って食べたいもの。

 

夕食は今の所結構余裕でのんびり食べてると思います。

後片付けするのは自分たちですので、誰かに「さっさと食べてしまいなさい」と言われることなく、喋りたいだけ喋りながら食べています。

 

問題は朝です。

朝食が、どうしても朝の支度の一部になってしまうので「早く早く」というのが常に頭にあります。

早めに起きて、時間をかける、それしかないですね。

別に子供の弁当を作るわけでもなく、しっかりした朝ごはんのために調理してるわけでもないので、本当に起きたら着替えて朝ごはん食べて弁当をカバンに入れてさて行ってきます、というだけなのですが、30分早く起きて、30分かけて朝ごはんを食べることができたらすごいですよね。

 

できるかな、自分?

 

ちなみに、私は昼も夜も誰かと一緒に食事をしていますが、朝だけはパソコンの前に座ってニュースやらブログやらを読みながら食べています。

本来なら食事は食卓で、人と話しながら、、が理想なんですけどね。

夫と私は出勤時間も違うので、一緒に朝ごはんを食べるのは週末のみです。

あちらも朝は色々と出かける前にやっておくべきことを片付けたいだろうし、朝一緒に食べるのは難しそうです。

いや、自分がまず30分早く起きて余裕を持たせることができるようにならなきゃ人を誘えませんね。(あちらは早く起きるのは平気な人。誘っといて自分が起きられないようではいけませんからね。)

 

ちょっと、試しに早起き習慣始めてみたいと思います。。。できるかな。

 

 

夫が嫌う系列と、私が受け付けられない系列のもの

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帰宅が遅かったこの日は、大急ぎで、カノウユミコさんレシピの酒粕と春菊のグラタンレシピに玉ねぎとジャガイモを足して、チャチャッとオーブンで焼いたキャセロール。

レシピ2倍にした上、豆腐をextra firmにしたので水分が足らず、結局アーモンドミルクをかなり足しました。材料の比率が変わったわけなので、もうちょっと春菊と酒粕を増やしてもよかったかも。次回はもっとドカンと使ってみよう。

 

夫の苦手な食べ物

 

夫はまあ、日本人じゃない人たち一般が総じて受け付けない食品全般がやっぱり苦手なようです。頑張って食べてますけど、続くと嫌がります。

 

やっぱり慣れの問題というか、これを食べなれて育ってないと、やっぱり厳しいのかな、という感じです。

 

ダメな原因は味というより、匂いもしくは舌触り・歯ざわりなことが多いのです。

 

代表格はやっぱり、、、

  • ぬるぬる系 (とろろ、もずく、オクラ、納豆、、)だから、苦手なのに無理して食べなくってもいいよ、ちょっと挑戦したいだろうから、一口だけあげるね、と言って、もずくみたいな貴重品は私に多めに、彼に少なめによそってあげます。だっていやいや食べられたらもずくも悲しかろう。
  • 内臓系(ぬるっとしてたりコリコリしてたり肉とは別の風味というか臭みがある上、これが内蔵なんだ、という認識がさらに壁になってるような気もします。まあ実際くさくて食べてられない、ということかもしれませんが。)
  • コリコリ系(内蔵とかね。)
  • もちもち系(餅とか。もち米入りのものも「餅みたいだ」と苦手な顔しました。もっちりしてて美味しい、にならないのですね。)正月に餅を用意しても喜んで食べる人がいないので、我が家は餅は15年くらい食べていません。あ、5年ほど前に友達に試食させるために3合ほどつきましたけど。一人一切れを雑煮にして、残ったのは数年冷凍庫に放置されていたような。
  • 磯の風味 (う〜ん、いい香り、と言う私の気持ちが理解できないらしいですが、私こそ、磯の香りを嗅いでおいて『海辺の腐った水の匂いみたい』という夫の嗅覚が信じられないと思いましたね。)

 

北米やアングロサクソン系のヨーロッパの食にはあまり見られないような匂い、舌触り、歯ざわりのものは、やっぱり本能的に「これはちょっと食べちゃいけないんじゃ?」と反応してしまうのかもしれません。

 

だってやっぱり、ヌルヌルしてるレタスとか海の匂いみたいなニンジンだったら「あれ?傷んでる?」と思いますもんね。海の匂いみたいなニンジンって思い浮かびませんが。

 

ただ、内臓を食べるのは日本人だけじゃないですし、アングロサクソン系じゃないヨーロッパ出身の人やアフリカ、カリビアン系そしてもちろんアジア系は内臓食べるくらい平気ですし、「日本人じゃない」からといってみんなが同じ反応するわけじゃないです。

でも、アングロサクソン系はなんだか残念な狭い感じはしますね。特に男性は。ずいぶん昔ですが、豚の三枚肉をきっちり下ごしらえして角煮を作って出したらば、アングロサクソンの友人は揃ってプルンプルンの皮と脂身を残してて、ええ〜そこがうまいのに、と。

 

もちろん個人差ありですからね、アングロサクソン系でも納豆平気だよ、とかそういう人だってもちろんいるでしょう(会ったことないですが。)

 

 

一方、私がダメなもの

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  • リコリス (義母がオランダの懐かしいおやつとしてたまに分けてくれるので、義理で口に入れることはできる程度に慣れましたが、初めて口に入れたときはなんだこりゃ、と。存在意義のよくわからない食べ物です。)
  • ガム(特に子供向けの甘いやつ。でも大人向けの歯磨きガムみたいなのもダメ)
  • 子供向けの駄菓子全般(懐かしいという人もいる、都こんぶみたいなものもダメですし、梅飴もダメ、気持ち悪い。。。)
  • 炭酸飲料(コカコーラとかスプライトとか)全般、特にルートビアは一滴も口に入れたくないですね。あれを好きだという人の味覚ってどうなってるのか不思議です。
  • スポーツ飲料と言われてるやつ全般
  • ドリンク剤とか勢力強壮剤とか言われてるやつ(風邪ひいたときに飲むと治るよとそそのかされて試したものくらいしか知りませんが、気持ち悪かった!)
  • 落雁
  • 最中

私がダメなものの前半は大体において加工食品、加工飲料品の甘味料とか香料とか、ドリンク剤系は薬臭さも加わるのかもしれませんけれども、本来の食品にはないような匂いに反応してるんだと思います。

よく「これはチェリー味だよ」なんて言われる飴ちゃん、ガム、リップバームなどの匂いがどうしても鼻について嫌なんですよね。チェリーに限らず、リンゴ味もブルーベリー味もメロン味も、、全てダメです。大体、ああいう「**味」って実際のそのフルーツの味に似ても似つかないじゃないですか。あれ、どういうことでしょうね?

 

落雁と最中は、乾いてるので口にくっついてしまって、どうしていいかわからなくって子供心に大変困った記憶があります。

 

でも両方とも、食べたくなければ無理やり食べさせられるようなものでもないので食べたこと自体、それほどありません。

大人になってから食べたことがないので、ひょっとしたら食べたら食べられるのかもしれませんし、美味しいと感じたりするかも、、、でも、なんだか手を出す気になれずに今に至ります。

 

落雁と最中以外は、私がダメだと感じるものは基本的に本来の食べ物というよりは、Michael Pollan氏の指摘するような、Food products、商品化された食品というか、まあ加工食品ですかね。

だから、親に「食べなさい!」と叱られたような記憶も一切ありませんし、食べなくても生活上支障は一切ありません。

子供の頃に苦手で泣きながら口に押し込んで飲み下していたのは、ほうれん草、豚肉、卵の白身、鶏肉、、、それくらいでしたが、これらは成長するにつれ克服しましたね。

今も食べてるのはほうれん草だけですけど。笑

 

夫がダメな日本の食品も、私がダメな食品も、ようは慣れの問題というか、これらをたまに口にして育っていたり、親に「大事な食品だから食べられるようにならなきゃいけない」と躾けられたり(私の世代は強制された、ということですが)そういうプロセスを経て食べられるようになり、そのうち好きになり、するんでしょうね。

 

夫も私も、食事とともにペプシを飲んだり、ちょっと疲れたからとドリンク剤飲んだり、そういう風にならなくってよかったな、と個人的には思ってます。

 

 

個人の好みですからね。ペプシを毎食飲んでようがドリンク剤で元気つけてようが、落雁が大好きであろうが、もちろんそれは人の勝手だと思ってます。

春らしく、ラピニと厚揚げの焼うどん

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下ゆでしたラピニは絞って適当な長さに切り、中華鍋で先に炒めておいた具に加え、調味してさっと混ぜたら麺を入れて炒める。以上。簡単。

 

菜の花って日本では春の野菜でしたっけ?

ずいぶん前に春先に帰省した折に、母が菜の花のおひたしとか酢味噌和えなんかを作ってくれたのですが、子供の頃には気がつかなかった美味しさというか、私の中では新鮮な日本の味です。

 

こちらでは菜の花はもちろん売られていないのですが、似たような感じで、ラピニというイタリアやポルトガルでよく使われているらしい野菜が手に入ります。

 

これが、苦味がちょっとあって、美味しいんです。

私の中では菜の花の代替品です。

でも北米ではbroccoli rabeなどとも呼ばれているらしく、ぱっと見で「ブロッコリみたい」と思われているような。

そういえばチャイニーズ・ブロッコリに似てないこともない。

 

でもブロッコリとは味が全く違うから、同じ種の植物というわけではないと思います。

The plant is a member of the tribe Brassiceae of the Brassicaceae (mustard family). Rapini is classified scientifically as Brassica rapa subspecies rapa,[1] in the same subspecies as the turnip, but has also been treated as Brassica rapa ruvo, Brassica rapa rapifera, Brassica ruvo, and Brassica campestris ruvo.

ラピニはマスタードのファミリーのBrassicaceaeという種類の中のBrassiceaeという種類なんだそうです。

ブロッコリもBrassicaファミリーに属しているようですね。でも、同じ種族でもなんとなくやっぱりキャベツとかケールに風味が近いですよね。

Broccoli is a result of careful breeding of cultivated Brassica crops in the northern Mediterranean starting in about the 6th century BC.[5] Since the time of the Roman Empire, broccoli has been considered a uniquely valuable food among Italians.[6] Broccoli was brought to England from Antwerp in the mid-18th century by Peter Scheemakers.[7] Broccoli was first introduced to the United States by Southern Italian immigrants, but did not become widely popular until the 1920s

 

Rapini - Wikipedia

Broccoli - Wikipedia

 

そんなわけで、ラピニを使って春の焼うどんにして見ましたよ。

勝手に春の、と言ってますけれど、この野菜そのものは年中あるもので、あえていえば秋から春までのものらしいです(上記wiki参照)

ということはラピニ自体はもうそろそろ終わりってことですね。

でもま、気持ちだけ春ってことです。笑

 

菜の花の代替品じゃなくて、ラピニらしいレシピはどんなのかなとググって見ましたら、次のようなものが。。。

 

じゃがいもと一緒に調理してますね。これ結構美味しいかも。

 

下ゆでしたラピニをニンニクと炒めたもの、これも簡単で美味しそうですね。

 

このサイトのレシピはスープです。これも面白そう。


今度は酢味噌和えにでもして見ましょう。

ニンニクと炒めてもいいですしね。

 

苦味があって美味しい野菜って北米では他にあまり見かけないので、これはもっとじゃんじゃん取り入れるべきだよなあ、と食べるたびに思うのですが、なぜか頻度が低いですね。なぜだろう。

 

また買ってきて食べながら考えて見ましょう。

雨の日曜のブランチとスナック

ここ三日ほど、太陽を見ていないような気がします。

雨は必要ですけれど、連日で、しかもちょっと寒いのです。

 

気持ちを盛り上げて、雨の週末は家の中のことを楽しんで見ましょう、、、と、今週は台所の大掃除をして見ました。雨ですけど、春ですから。

 

ああ楽しかった。

 

日曜のブランチに、豆腐スクランブルを。

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豆腐スクランブルはやっぱりブラックソルトのおかげで美味しさがぐんとレベルアップします。

 

 

豆腐は、今回はExtra firm を使って見ました。いわゆるそこらへんのスーパーに置いてあるような、冷奴には向いてない硬くてもそっとした豆腐ですが、豆腐スクランブルにはまあまあいけてるかな。しっかり火を通した炒り卵、っていう感じになります。

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森永の真空パックの豆腐も試して見ましたが、あちらはちょっと柔らかすぎるような。まあ美味しいのは美味しいんですが、うちの界隈では韓国スーパーまで行かないと買えないので、まあ、たまの楽しみということで。

 

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夕飯までの間にちょっと小腹が空きましたので、スナックがわりに昨日の残り物のビーツ、コーン&ブラックビーンのサラダを。レモン汁たっぷりとヴィーガン・マヨで和えましたよ。

 

ビーツはオーブンで何かを調理するときに一緒にローストしておくとあとで色々使いやすいです。ビーツのローストの温度や時間は結構適当でいいので、350度でキャセロールを調理してる時でも、400度で別の野菜をローストしてる時でも、ついでに入れておくのです。ロースト時間はビーツの大きさ次第ですが、切ったりせずに丸のままをアルミフォイルに包んでローストします。

 

今年もビーツを植える予定ですが、去年はどれも小ぶりなビーツだったので、今年はもうちょっと土に栄養を与えて大きく育てたいもの。 

 

 

そろそろ畑の支度を始めなきゃいけない時期ですが、こうも寒いとやる気がなかなか起きません。

どこから来るのか、その野菜たち: Fiddleheads

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写真はこちらのサイトのものです http://www.norcliff.com/about/where-to-purchase/

 

先日、Fiddleheadsがそろそろ旬なはずだけど、近所のスーパーではまだ見かけない、ということを書きました。

 

あれを書いた後、友人宅での集まりに行ってきました。

そこで久々にキノコと食べられる野草に詳しい友人夫婦とも再会。

いや、食べられるものに限らず、野の草花や木々、動物などにとても興味がおありで、色々と物知りな夫婦なのです。

 

その二人とそろそろ旬のキノコの話をしていて、ふと「そういえばFiddleheadsってまだ見ないよね」と言いましたら、なんと「もう開いてしまってるよ」とのこと!

 

この噛み合わない会話を解説しますと、

私:Fiddleheadsはスーパーで春先に見かける食べ物だと思っていて、今年はまだ店先に出てないなあと言っている。

友人:FIddleheadsは近所の森に生えている植物で、今年はもうすでに若い芽(くるくるっと巻いた状態)を通り過ぎて、大きな葉っぱになろうと広がり始めていると言っている。

 

私が「なんと!今年は見逃してしまったのか!残念!」とショックを隠せないでいると、優しい友人「私が行った森では開いてたけど、まだまだこの近くの森で探してみれば、開いてないものも見つかるかも!」と。

 

私はキノコ狩りや山菜摘みに森へ出かけはしません(威張って言ってるんじゃなくて、友人夫婦のような詳しい人が一緒にいないと何を探していいやらわからないので)

なので「そうじゃなくて、スーパーにはもう出荷されないのかなあ」と。

 

だいたい、市内の森で開いてる(すでに食べ頃の新芽じゃなくなってる)のに、スーパーに出てこないってことは、毎年スーパーに並ぶアレはどこで収穫されて運ばれてきてるのでしょう?

 

こんなこと言いながら、ああヤダヤダ、私はなんて「消費者」なんでしょう、と思いましたよ。

 

今、Michael Pollan氏の In Defense of Foodを読んでるんですけれど、この著者の他の本の例に漏れず、加工食品や消費者の嗜好に合わせて手を入れられて「商品化」してきたような食べ物の普及と成人病や肥満との関連性について書かれています。

日本もそうですが、西洋以外の土地や文化圏の多くで、西洋的な食生活やライフスタイルを取り入れた途端に生活習慣病が蔓延するというパターンにも触れています。

北米のネイティブスもそうですが、オーストラリアのアボリジニも、伝統的な暮らしから西洋化した暮らしに移行した現代では、糖尿病患者の数がものすごく増えたそうなんですが、1982年にとある研究のために、実験的に伝統的な生活(店で食べ物を買うのではなく、自然の中へ狩りをしに行って食料を確保する)に切り替えた十人のアボリジニたちは、ほんの二ヶ月ほどで血糖値が元に戻り、糖尿病が治ったとか。

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In Defense of Food | Michael Pollan

昔は脂肪分が成人病や肥満の敵とされてきましたが今現在は炭水化物が敵扱いですよね。

でもそうやって栄養素のみに集中してしまうのではなくて、伝統的な食事の仕方、もっと全体に人間の本来暮らしの営みの中で培われてきたような食事への態度が重要なのではないか、、というような内容です。

簡単にいえば、精製されすぎた食品や加工品、工場で生産された食品ではなくて、本来の自然環境とつながっている作物をそのまま(精製せず)調理して食べるべきだと。

 

私は野菜を買ってきて自分で調理しているから、ちゃんとしてると思いがちですけれど、考えてみればこれだって単なる「消費」であって、スーパーに並んでるものじゃなきゃ口に入らないというのは情けない。

旬のものを食べたいのに、手に取ってみると南米からとかメキシコからとか、全然旬に関係ないところから輸送されてきた野菜だったりするのは、本当にげんなりします。(とはいえいちいち森に山菜採りに行ったり家庭菜園で野菜を全部賄うなんてのは実際問題できません、、、妥協点はファーマーズマーケットとかCSAでしょうけど。)

 

そんなことを考えていた時だったので、この友人との会話は結構心に引っかかりました。

 

それでいつになく熱心に、食べてはいけないシダ類とFiddleheadsの見分け方などを質問して見たりして。

 

以下は友人の受け売り情報です

Fiddleheadsと呼んで春先に食べているのは  Ostrich fernという種類のもので、他のシダ類にもくるくるの若芽(のことを指してfiddleheadsと呼ぶ)はあります。

食べられる種類(Ostrich fern)かどうかを見分ける3つのポイントは

 

1)茎がセロリの茎のように内側にU字(もしくは角度の浅いV)のくぼみがある。

2)ああ、二番目のポイントは失念してしまいました!やはり付け焼き刃ではダメだ!

3)渦巻き状になっている先っぽの部分、この脇から茶色っぽい小さなヒラヒラが出ているのだが、Ostrich fernの場合、このヒラヒラは綺麗に並んだ状態なのに対して、食べられないものは動物の爪のような鉤形をしている。鉤形のものは食べちゃダメ。

 

 

やっぱり友人に連れてってもらわないと、自分で見分ける自信はないなあ。

 

友人曰く、ググったら色々出て来るからそれを見れば良い、とのことでしたが、このサイトを見る限り、友人が言っていたポイントのうち1つしか書いてない。茶色い紙のようなものがついてる、というのはわかるんですが、他のシダ類にはそれはないってことなのかな?

 

 

ちなみに、FIddleheadsはいつも、フライパンで炒めて、蓋をして蒸らして中まで火を通し、塩とレモン汁をかけていただいていましたが、友人によると、政府の推奨する安全な食べ方は、15分くらい下ゆでして、それから炒めるなりなんなりする、、というもの。

そんなことしたらせっかくの風味や歯ごたえが!!と思うのですが、Fiddleheadsでお腹を壊す人が例年後を絶たないんですって。

 

どうやら、火の通りが十分でないと食あたりするようです。

15分はやりすぎかと思いますが、下ゆではやっぱりしたほうがいいのかな。

 

ま、それもこれも、Fiddleheadsが今年も手にはいればの話なんですけどね。

森へ行くか、スーパーへ行くか、、、ファーマーズマーケットでもいいですけどね、週末は混んでるんでね、、、。