読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

食いしん坊、北米でヴィーガンになる

北米で植物性食品を食べて強く生きる記録

ハニーとヴィーガンの関係

ヴィーガンとは、、、

ヴェジタリアンとは、ヴィーガンとは何か、という定義はとても簡単です。

肉魚など生き物は食べないけど、乳製品や卵は食べるのがヴェジタリアン、ヴェジタリアンな上、乳製品も卵も食べないのがヴィーガン。

ヴィーガンは、ついでに言えば、動物性の生活用品も使いません。

食べ物だけヴィーガンな人は、「私はヴィーガン・ダイエットです」と。この場合のダイエットとは、痩せるための食事法という意味ではありません。

まあそういう定義そのものは、例えば日本へ帰国するときのフライトで、機内食の希望を言っておくとちゃんと準備してくれるとか、結婚式の招待状に返事をするときに食事制限の欄に明記しておくとか、そういう風に相手に自分の立場を伝える場合に便利な記号かなと思います。

 

問題は、君だよハニー(←ダジャレ警報)

最近よく聞かれるのが、「じゃあ蜂蜜は?」という質問です。

私自身、ヴィーガンになったきっかけが環境問題ですので、養蜂産業そのものが環境問題に悪影響を与えているかと言われると、それはないんじゃない?程度の理解なので、その生産物の蜂蜜に関して強い意見があるわけではありません。

私個人としては、正直蜂蜜の味自体が元々好きではないので、食べないでも平気です。

蜂蜜は、いろんな花のものを試しましたが、どうしてもえぐみを感じるんですよね。

それが動物性だからなのか、何なのかはわかりませんが。

 

ヴィーガンが蜂蜜を食べない理由は、やはり蜂蜜が動物(ミツバチ)が自分たちのために作り出すものだから、それを搾取するべきではないという考え方に基づくようです。

なるほど。そうですよね、自分たちが必要だからこそ、働きバチがせっせと作り続けてるんですよね。

それを横取りするのは人間だけではなくて、クマとか他の野生動物もいます。動物界は容赦ないですからね。だから、人間だって容赦なく欲しいだけ搾取してやればいいんだ、と思いたい人たちがいるのも納得ですが、そういう風に思わないのがヴィーガンの考え方、ということですね。

 

これを説明すると、ほぼ全員が、「ちょっと、それって極端なんじゃないの?」という反応をします。

基本的にヴィーガンやヴェジタリアン、オーガニック、ということに抵抗がある人たちが多い職場の人たちだけでなく、割とリベラルでヴェジタリアンな知人でも結構、なぜか蜂蜜に関しては「ミツバチが死ぬわけじゃなし、いいじゃない」という反応です。

 

何なんでしょう、蜂蜜がそんなに重要なことだとは驚きです。

私自身は蜂蜜を否定しているんではなくて、ヴィーガンの思想にてらして言えば、やはり動物の営みを搾取することになるわけだから、手を出さない、ってことなのよ、と解釈をつたえてるだけなんですけれど、肉を食べませんという時よりも理解度が極端に低いのですよね。

 

殺すのではないんだから、食べたっていいじゃない、という人に対して、「君の考えは間違っている」と言っているのではないですよ。

そういう考え方もあるけれど、ヴィーガンはそういう風には考えないんですよ、と言っているだけです。それでも聞いている人たちにはすんなり受け入れられない何かがあるようです。

 

もし蜂蜜の味を好きだったとしたらどういう対応をしただろうか

この場合、殺すわけじゃなし、ヴィーガンになろうと思った理由が環境問題なのだから、肉と魚と卵と乳製品を避けてるだけで上等よ、蜂蜜は地球温暖化には関係ないわ、と判断して食べ続けることだってありえますね。

その場合、自分をヴィーガンと呼べないということにこだわることはないと思います。

世の中には、「私はヴィーガンだけど、たまに**を食べることもある」人もいますが、たまに**を食べるのだったらそれはヴィーガンではないですよね。

でも別に自分をヴィーガンと呼ぶことにこだわる必要はないと思います。

肉や魚を食べない、鶏卵や牛乳といったものも摂取しないことで産卵用の鶏や乳牛への残酷な扱いをサポートしない、という一つ一つの行為はとても大事なことだと思います。

完璧主義じゃなくてもいいと思うんですよね。以前は毎日3食肉を食べていた人が、いちにち一食に減らすとか、週に一回にするとか、そうすることで世界の肉の消費量は減りますからね。

一人の人間が完璧なヴィーガンになるよりも、10人が肉の消費量を減らす方が、環境への影響は大きいと思います。

そうやって地球環境や動物を「消費対象」ではなく「共存」していくべきものとしてもっと大事に思う気持ちが広がっていくなら、それは素晴らしいと思います。

じゃあヴィーガンである意味って何

今の自分の正直な気持ちは、蜂蜜は温暖化に関係ないかもしれないけれど、動物や自然の営みを人間は100%理解し切れていないし、過去に人間が介入して自然保護や種の保存などを試みて、逆効果だった経験もあるわけで、これなら大丈夫、とか、ここには問題がない、とか、はっきり言って人間の判断自体が信用ならないと思うのです。

それよりも、自然界のすべてのものを人間の所有物のように当たり前のように手を出して消費してしまうというアプローチがおかしいのだから、蜂蜜にも手を出さないでおきたい、と思います。

そして、ヴィーガンであろうとする事で、徐々に動物や自然環境への敬意というのか、彼らの痛みを共感する心というのか、そういうものへの思いが強くなっていくのを感じます。

単なる自己満足だと言われてしまえばそれまでですが。 

 

 


ヴィーガン ブログランキングへ