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食いしん坊、北米でヴィーガンになる

北米で植物性食品を食べて強く生きる記録

私が乳製品をやめた理由

先日、卵好きだった私が卵をやめた理由について書きました。

  

 

今日は乳製品です。

 

乳製品と卵は時に、「動物がかわいそうで肉を食べないのは解るが、乳製品や卵は動物を殺すわけでもないのに、、、極端だ」

と言われるアイテムですよね。

 

牛乳 

私個人の嗜好としましては、保育園と言われるところに通っていた幼少のミギリから、乳製品の臭いというか、舌触りというか、あれがとても苦手でして。

口に近づけるだけで嗚咽が、、、。

それを見て大人が「ちゃんと飲みなさい!」と叱り出すのもストレスで。

 

子供の頃から固く信じていたのです。

「人間の私が牛のお母さんの乳を飲まされなきゃいけないのは間違ってる」と。

 

私の父も乳製品がお腹に入るといい反応をしない体質だったので、親に牛乳を強制されたことはありませんでした。

不幸中の幸いですね。

 

そんな次第ですので、乳製品の悪夢は、戦後のアメリカ主導の牛乳販促キャンペーンの名残で学校給食などに必ず添えられていた牛乳、それくらい。

 

飲むのではなくて、スープなど食事に入れて出された場合は、その時々で美味しくいただいていましたが、やっぱりあんまりたっぷり入ったものだと、調理されて一旦温まった牛乳のタンパク質が冷めて水面にフィルム状になりますが、あれがまたとんでもなく気持ち悪く感じられて、やはり嗚咽&涙が出てつらかった覚えがあります。

 

チーズ 

ただ、やっぱり日本にも、「乳製品は素晴らしいカルシウム源である」と、牛乳のみならず、チーズやチーズを使ったお料理を普及させようと言う魔の手が伸びていたのは記憶にあります。

 

母までもが、「雪*のとろけるチーズ」みたいな、チーズおろしですでに下ろしてあった袋入りのチーズを買ってくるようになったのを覚えています。

 

でもあんまり使う頻度は高くなかった。

だから、袋を開けてちょっと使って、くるくるくるっと袋を丸めて輪ゴムで留めて、次

にまた使おうと輪ゴムをとって袋を開けると、「あ、カビだ」と捨てることも結構ありまして。

だんだん使わなくなりましたね。

 

私が育った家では、カルシウムといえば魚、でしたので、「乳製品がいいと言われているけれど、要するに我が家にとってはあんまり使い勝手が良くないわけだし、小魚の小骨なんかも食べてるんだから平気よね」と言う感じで。

 

 

欧米人と決定的に違う嗜好

そうは言いましても、やっぱり欧米に暮らしているうちに、あちこちで美味しいチーズをいただいたり、乳製品を使った絶品料理をご馳走になる機会はありまして。

 

やっぱり食いしん坊だから、ワインと一緒に臭くてたまらないんだが味がわかるようになると美味しく感じるチーズをいただくようになっていましたね。

牛乳は嫌いだし生クリームのついているケーキ類は美味しいと思えませんでしたが、チーズは別、という感じで。

 

欧米人と食事を共にすると、食事に乳製品が色々と使われていることが多いので、ヴィーガンになると決めた当初は、豆乳やアーモンドミルク、カシュウナッツなどの代替品を使うことも覚えました。

美味しいチーズが食べられないのはちょっと残念だな、と感じましたが、でも本当に美味しいチーズは北米のうちの界隈ではちょっと値段も張るので、もともと毎日ガンガン口にしてたわけでもなく、すぐに慣れましたし。

 

やっぱり、基本的に「好きなのに頑張って口にしないようにしている」わけではないので、乳製品に関しては、苦しみも工夫も大したことではありません。

 

牛の乳がダメかどうかはかなり感情的なものらしい

「なぜ牛乳がダメ?」と言われた時の私の答えは、、、私は人間の成人だから。

子供の頃と同じ理屈なのでどうにも成長していないようで申し訳ないですが。笑

 

動物界には成人が、自分とは異なる種の無抵抗な母親から母乳を奪って飲んで「カルシウム摂取したぞ、栄養満点だぞ!」と喜んでいる動物は人間の他はいませんからね。

 

また、動物愛護に熱心な方がYouTubeなどによくあげてらっしゃるような、乳牛が無理やり妊娠させられて、出産後に赤ちゃん牛と別れ別れにされて搾乳機を取り付けられる様子、あんなのも見てるとえげつない、と感じますね。

あんなストレスとトラウマで不幸な母牛から搾り取ったミルクなんか、本当は体によくないんじゃないの、と理屈ではないものを感じさえします。

 

ところで、生まれてすぐに母親の母乳を奪われてしまう仔牛ですが、じゃあ彼らは何を飲んでるの?

と言うことが気になりまして、ググりましたら、なんと「豆乳」を与えられているんだそうですよ。

 

母の母乳を奪われて、替わりに豆乳?

 

弱いものが抵抗できないのをいいことに、なんて酷いことするんでしょう、人間は。

 

医学的にもいかに母親の母乳が幼児の体にとって大事なものかは認められていますけれども、それは単にカルシウムとかタンパク質とかいう栄養素のレベル以上ですよね。

 

反面、栄養的には母乳じゃなくて豆乳でもあんなに大きな牛が育つ、それは素晴らしいことを聞きました。豆乳は牛乳に遜色ないってことですもんね。

でも、赤ちゃんにとっては、どう考えても豆乳じゃなくてお母さんのお乳を飲ませてあげるべきですよね。

 

 

私がここに書いたような理由が「バカバカしい、何て屁理屈」と思う方は、基本的に感情のレベルでとても遠くの方にいらっしゃると思うのです。 

良し悪しではなくて、距離が遠い。

 

子供の頃から生活に染み込んでいる何か、それを全部否定されてすんなり受け入れることはなかなかできないことですからね。

毎日口にしていて大好きなものだから、それ以外に何を食べるんだ、と想像もつかない方もいらっしゃいます。

 

そういう方がお友達の中にいらっしゃったら、理屈や残酷ビデオで説得しようとせず、乳製品を使わないで作った食べ物を味見してもらう、できるのはそれくらいだと私は思います。

しかも「チーズケーキじゃないなんて気がつかないはず!プラント・ベースのチーズもどきのチーズケーキ!」をチーズケーキだと語って食べさせる、などといった不誠実なことはせず。笑

嘘はいけません。笑

 

 

 

ところで、アメリカの近代文学の名作、スタインベックの怒りの葡萄を読んだことがある方は多いと思います。覚えてらっしゃいますか?

 

あの話の最後の最後で、壮絶な貧しさゆえに妊娠していた赤ちゃんを流産してしまった若い女性が、これまた壮絶な貧しさで食べるものを手に入れられず、飢えで命を落とす瀬戸際といった初老の男性を助けるために、与えるはずの赤ちゃんがいなくなっても母乳で張っている胸を差し出して、男性に吸わせてやるという場面があります。

 

怒りの葡萄はカリフォルニアへ移動してくる農民たちの貧しさ、飢え、生き残るための必死の努力と挫折、その中で描かれる貧しい食事、などがとても印象的ですが、最後のこの母乳の場面に言葉も出なかった覚えがあります。

 

 

食事というものは、生存のために体の必要を満たすためでもあり、味覚、社会性や文化などをひっくるめて心を楽しませるためでもありますが、私にとって、乳製品はそのどちらにも不要です。

 

 

 


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