いつも楽しみに拝見している、ゼロ・ウェイスター、のあさん のブログの記事にインスパイアされましたので、私も「張り切って始めて見たけど続いてること、やめちゃったこと・ヴィーガン調味料づくり編」書いて見たいと思います。
手作りしてる調味料に関しては、2年ほど前に書いていました。
今見て見たら、2年前にコピペしておいたリンクはもう切れちゃっていますので、今日の記事に貼ってあるリンクをご利用あれ。
ヴィーガン・マヨ
マヨネーズは今も自分で作っています。
生卵と油で作るマヨネーズは、保存期間が短そうだし、ハードルが高そうですけれど、ヴィーガンマヨは、豆乳で作るレシピをずーっと愛用していまして、簡単だし、安いし、3〜4ヶ月くらい平気で持ちますし、便利ですよ。
材料は、豆乳、オイル、マスタード、酢、あと何だったっけな、作る頻度が数ヶ月おきなので、毎回メモを見て作っています。
レシピは、Ryoya Takashimaさんのもの。他にも試しましたけど、このレシピが一番簡単で味もしっくり来ます。
http://peacefulcuisine.com/2014/03/vegan-mayonnaise/
これ、今見て見たら、以前同じサイトに出ていたレシピよりちょっと分量が減って、作りやすくなってるような気がします。
作るときは700ml入りくらいの寸胴なジャーに油以外の材料を入れておき、イマーションブレンダーでかき混ぜつつ油をタラーっと加えていくというやり方で作っています。
そうすると洗い物も少なくて、出来上がりはジャーに蓋をして冷蔵庫に入れるだけ。
ブレンドしていくうちに、油を全部入れないうちからマヨっぽくなっちゃう場合もあり、そういう時そこで油を止めます。
全量入れて作っても、しばらく置いておくと分離することがあり、その場合はイマーションブレンダーを突っ込んでがガーッとかき混ぜて落ち着かせるのですが、場合によってはちょっと材料を足して(かき混ぜるに足る分量にするためでもある)見たり。
例えばサンドイッチに使うとか、そういう場合はやっぱり分離してるのは嫌ですが、ポテサラに使うとかだったら分離したままスパチュラでががっとこそぎ落として使い切っちゃう時もあります。
使うたびに手作りするとなると面倒臭いですが、時間のある時に作っておけばいつでも使えるので、作るのが習慣になりました。
追記:ロンドンでゼロ・ウェイストとパン作りなどなどについて書いていらっしゃるマモさんもヴィーガンマヨのレシピをリンクしてくださったので、忘れないようにこちらに貼っておきます。
ヴィーガン・バター
過去の記事では結構長持ちと書きましたが、夏場はやっぱり傷みやすいのか、、2度ほどカビを発見して以来、作ったら小分けして冷凍することにしたのですが、二週間程度で使い切れるような少量で冷凍するのにちょうどいい容器がなかなかなく、なんとなく市販品でしのいだりバター自体を避けたりすることが増えました。
私自身はバターなくてもいいんですけどね、夫が何か塗りたいようなのです。
自分が欲しいと思ってないから情熱も沸き上がらないのか。
調味料ではありませんけれど、大豆から手作りできる豆乳、当初は市販品なんか使わないで済むかと期待していましたが、やっぱり1リットル作ってそれを一週間というのはちょっと不安なので、夫がシリアルに使う(オートミールを作って、上に大さじ3杯分ほどたらっと垂らす)ために常備する分は、ついつい市販のものになりがちです。
アーモンドミルク
に至っては、加熱しないからそれこそ二日くらいで使い切らないとちょっと不安になりますので、作る頻度は落ちましたね。
アーモンドミルクを飲みたいんだ!
アーモンドミルクでチャイを作りたいんだ!
、、、という目的がある時以外はとんと作らなくなりました。
豆乳もですけれど、アーモンドミルクも、作った後のパルプが使えるので、両方とも作るときは2度美味しいので、ぜひまた作る頻度を上げていきたいものだと思っていますけれど。
納豆
は今でも自作してます。
やっぱり簡単だし、放置しておけばいいだけ(機械さまさまです)という部分が大きいでしょうか。
市販の納豆って、1パック40グラムくらい入りのが多いと思うのですけれど、自作の納豆は大粒の普通サイズの大豆で作るため、40グラム相当だと物足りないというか、40グラムのパックで物足りないと思わなかった自分の過去が不思議なくらい。
ひょっとして日本で普通に出回ってる3つ入りのパックなどはもっと容量が多いのでしょうか。
職場でちょっと驚いた話
以前、ちょっとこちらにも書きましたが、20年前、1998年の1月にはモントリオールのみならずケベック南部一帯とオタワやマリタイムス州の方まで大変な目にあった、アイスストームというのがありました。
毎年冬になると誰かが思い出してその時の話をしたり、「あの時君はどこで何してた?」なんて話たり。
今年は20周年目なせいもあり、職場でも何度か話題にのぼりました。
で、先日職場に見学にやってきた方の書類を見ていたら、なんと1997年生まれ!
いかにも若者だなあ、っていう容貌の方でしたけど、そうか〜、97年、そうか〜、なんて思ってる私の横で、上司がインターンの学生に「だから君みたいに若い人がスタッフにいると、彼らのような若い人もここに来やすくなると思う、、。」とかなんとか。
ついでにインターン氏に「もし嫌でなかったら、生まれた年を教えて?」と言って見たら、「1998年」と。
うわー、うわー、うわー。笑
アイスストームの頃はお母ちゃんのお腹の中でしたか!
自分が若い頃は、親や祖父母世代がよく「最近の若い子は戦後の貧困を経験してないから」とか「戦争を知らないから」とか、昭和の歴史大事件年表を広げては「知らないだろう、わかんないだろう」と言われたものです。
経験してないから当然とはいえ、戦争とか戦後とか浅間山荘事件とか、私にとっては歴史上の話という感覚で、「ずいぶん前にこんなことがあったっけな」ではありません。
歴史は巡るというか、若い人も中年になり歳とっていくってことですけど。
自分が子供の頃の両親や祖父母にとっての戦後って、私にとってのアイスストームや神戸の大地震みたいな感じだったのかしら。
そう思うと不思議です。