
NYT料理ページに載ってたBaked Kale Rice
ケールでなくほうれん草で作りました。
そして、ストックにケールを入れてちょっと茹でる、という部分は飛ばしました。
ケールは硬いから、茹でてちょっと柔らかくしないといけないんだろうけど、ほうれん草はやらかいから。
レシピの4カップのストックのうち半分はその下茹でに使われ、のちにケールの一部とともにピュレにされてからオーブンで調理される米チームに参加するのですが、茹で作業をしない私はこれ、ピュレにちょっと回しつつも、米を炊く方にドバッと。
そのせいかちょっと柔らかな米に炊き上がりました。
次回はもうちょっと水加減を調整しよう。
ハルミの代わりには最近とんと出番がなかったヴィーガンフェタを使いました。
ハルミとは全く味も歯応えも何もかも違うのは承知ですが、フェタもたまには食べんと(開封したものが若干残ってた)勿体無いですし。
ほうれん草にフェタはよく合うんですよ。
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夫婦別姓の「問題」
日本では結婚すると夫婦の姓が同じになりますね。
今の所、夫の姓になるというか夫の戸籍に妻が入る場合が多いですよね。
苗字変更には色々煩雑な手続きがあり、仕事など、関わっている社会とのつながり全てに影響があり、、、云々カンヌン。
会社勤めとかパートさんとか、名前はただお互いに呼び合うのと給料など書類に関する事務のために必要な程度だったらそんなでもないだろうけど、自分の名前が自分の仕事のブランドになるフリーランサーとか研究者とかだとやっぱり結婚で姓が変わることで受ける影響も大きそうです。
不便が多い人と少ない人との差が結構あるからか、夫婦別姓を認めるべし、いやそれはいらないでしょ、という両陣営の間の溝が深いというのが現在の日本の状況なのかな?
その昔、ケベック州では婚姻=姓の統一ではない、というのを知らなかった私の両親が、私達の結婚前にワクワクして「お前の苗字は何になるんだ?」と、聞いてきたことがあり、「今のままだよ、私自分の苗字好きだし」と言ったら「お母さんはそんなこと許しません」とか言われて、は?何?どうしていきなり態度が硬化?と。
母は「苗字を変えない=籍を入れない=同棲したまんまずるずると」という状態を想像してしまったらしく、結婚する(州政府の結婚証明書ももらえるし、数百ドルの手数料をもう支払ってるんだし、正当な婚姻であると強調)けれど、それと姓を変えることは同時には起こらなくて、希望者は手続きして手数料を払ったら変更できるけど、あえてそれする気はないよと解説したら理解してもらえました。
地元で夫婦同姓の知り合いはいません。
あえて苗字を変える必要を感じないからだと思いますが、話題にすらなりません。
結婚という手続きすらアホらしいと捉えてて婚姻せずに同棲(でも一年経過すると法的な権利が発生する)で過ごしているカップルが多いこともあり、結婚が家同士のつながりというより個人の間の契約だからか。
夫の弟夫婦は同じ職業ですが勤め先は異なり、結婚前から仕事を続けているので、弟のパートナーの苗字も結婚後の変更はなくそのまま。
二人の間には子供が二人いて、別姓反対な理由の一つらしき「子供が生まれたらその子たちの姓はどうなるんだ」は、特に指定しなかったらお父さんの方の姓になるみたいです。
同じ家族の中で別々の姓があるだなんて、、っていう話ですが、別にそれが感情的にも事務仕事的にも家族の亀裂や居心地の悪さを招いている、なんて話はそれこそ聞いたことがありません。
そんなに苗字にこだわって生きてる人っているのかな?
もちろん結婚相手と同じ苗字になりたい人もいるだろうから、そういう人はそうすれば良い。
他人の苗字の選択にそこまで興味のある人はいないと思うし。
ケベックに住んでると、職場でも近所でも学校でも大体下の名前で呼ばれるので、仲良しでも苗字を思い出せない人もいるし、ご近所さんなんか下の名前しか知らない人の方が多いです。
両隣はかなーり仲良しなんですけど、苗字は左隣の一人だけしか知らない。
あと、移民が多い北米だけに、誰かの苗字を知ると「てことは**系ですか?」という具合にその人のエスニシティ(人種・出身国などの背景)を推測したりもしますね。
外国語の名字は覚えにくいという話も