食いしん坊、北米でヴィーガンになる

北米で植物性食品を食べて強く生きる記録

クッキー実験中・Her First Palestinian読みました 

夫が小腹が空いた時用
砂糖を減らしオートミールを増やす実験

 

半分小麦粉、半分オートミールで作ってみました。

砂糖少なめでデーツの甘みを入れると言うレシピ。

 

クッキーはやっぱり砂糖が入らないとカリッとサクッとが長続きしないのでしょうか。

甘さ的には夫はこれで十分だそうですが、翌日以降サクッとしてなくてどちらかというと平たいマフィンみたいな雰囲気でした。

 

こう言うレシピを試しているのはそもそも夫のコレステロール値を下げるため。

でも、食べてもせいぜい一日に一度、一枚か二枚のことだから、ちょっとくらい砂糖入れちゃってもいいんじゃないのか、なんて思ったり。

 

 

Her First Palestinian

and other storiesって小さく続いてて、小説かと思ったら短編集でした。

Her First Palestinian – House of Anansi Press

 

9つの短編がグッと詰まった小さめサイズの本は、地元の図書館で借りましたが、なんでこんな小さいんだろう、ポケットに収まりやすくするためだろうか。

 

短編集のタイトルになってるHer First Palestinianと言うお話がまず最初にありますが、これが一番よかった。

 

パレスティナ人ではないNadiaと「私」とのやりとりやNadiaが知りたがったり怒ったりする様子から、パレスティナ人ではない人々(読者の自分)が抱くパレスティナ情勢や歴史、パレスティナ出身者の人々に抱く印象などが、パレスティナ人の視点から描かれるのを読むのは面白いな、と思いながら、この「私」が彼女(Nadia)に取っての最初のパレスティナ人なんだろうと思い込んで読み進んでいたので、後半でおおっ、と。

 

自分が属さない属性(?)というか国、文化圏、人種、などといった集団については、興味深く思って、より深く知りたいと好奇心にかられますが、そこに属する人から直接聞くことも、部外者が体験して解釈して話すことも、受け取る自分の世界観や言葉のイメージなどというフィルターを通して入ってくるのはどうしようもなく、自分の中で理解できる範囲で受け止めるしかないため、どうしたって誤解や思い込みや勘違いと言うのは避けきれません。

 

それは、日本に住んでいて「カナダに住んでいる」私に、ねえねえカナダって、、、こうでしょ?と言う日本人からも、カナダにいて日本出身の私に「ねえねえ日本ってこうだよね」と言うカナダ人からも受け取るもの。

 

日本という東アジアの端っこにある島国から来た私は、「日本ってどんな国?」のステレオタイプを日常的に経験しながら暮らしているので、同じ煩わしさを他者に与えたいとは思いもよらないのだけど、知らないうちにやっぱり知らない国から来た人たちに煩わしい質問をしたり思い込みを前提に話したりしてしまうのは避けようがない。

 

人間なんて、知らないことは知らないんだし、限られた経験から想像力を膨らますものなんだから、そういうことをいちいち気にしていてもしょうがない。

 

とはいえ、疲れてる時とか、嫌な感じでそう言うことを体験すると、やっぱりうんざりするのだって避けられない。

 

その経験はやっぱり人種や国籍に限らず、少数派と言われる条件を持っている人なら誰もが避けては通れないこと。

逆にいえば、そういった経験をして「人種差別だ」「**差別だ」とレーベルを貼って、それに相応しい怒りを表明して仕舞えばその場は済むけれど、そうではなくて、別の条件で差別されているグループの経験を思いやるとか、自分の中の差別意識に目をむけるための道標にすることで、サイロの底辺から抜け出して、あらゆる属性の交差点に立つことができると思ってます。

 

 

そんなことを思いながら読み進んだ短編集。

 

著者は現在カナダのトロントに住んでいて、登場人物たちもトロントに住んでいる設定で、ちょっと前に読んだRUの時同様、パレスチナ人の物語だけど、カナダに住むダイアスポラの物語と言う点で読者の自分の世界との繋がりを感じるからでしょう。

 

casse-pied.hatenablog.com

 

個人的には最初の3つの短編、 Her First Palestinian, Do Not Write about the King, Cynthia, が強く印象に残りました。

 

broadview.org

中近東出身の著者による小説といえば、もう20年近く前になりますが、Rawi Hageの De Niro's Game も出版された当時数々の賞を受賞し注目されましたが、こちらはお話の出だしからして物騒な、内戦当時のレバノンで成長する若者たちの物語。

 

TEN THOUSAND BOMBS HAD LANDED, AND I WAS WAITING for George.

Ten thousand bombs had landed on Beirut, that crowded city, and I was lying on a blue sofa covered with white sheets to protect it from dust and dirty feet.

 

もう20年も経っているので、詳細はかなり忘れてしまいましたが、全く自分の暮らしとはかけ離れた世界に生きる若者たちの、破壊の中の埃と汗と荒んだ感覚の表現が生々しくて、でもやはり映画の中の話のようだと感じたのは覚えています。

 

この作品が発表されてから20年経った世界では、レバノンもですけれど、ガザがこんなことになっていて、パレスティナ人ではない私たちは、直接関わりがないようでいて、間接的にはかなり深く入り組んだ現在の地球上で、関わりがないなんてとても言いきれず、それでも直接はっきりと何かをすることもできない罪悪感と嫌悪感を感じて生きています。

 

 

世界の状況を眺めると、自国も含めて、一個人としての無力さを感じます。


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