
高野豆腐を揚げてから煮るレシピを見かけたので、真似して、でも揚げずにエアフライヤーでカリッとさせてから煮てみました。
片栗まぶして、オイルスプレーしてから、200度で二十分。
広東語の世界 (飯田真紀著、中公新書)
大学の時に外国語で中国語を選んで、確か週に一回一日中中国語の授業とラボの日があって、かなーり頑張ってたことがあります。
夏休みにオーストラリアへ旅行した折に、髪が伸びてきたので髪質が近いであろうアジア系の美容院に飛び込んだら、周り中が中国語で会話していて、私一人英語で話していたことがあって、アジアのご近所さんなんだから中国語で会話に参加したいもんだ、と思ったのがきっかけでした。
東京に住んでいた中国人の方とランゲージエクスチェンジを試みたとき、香港から来たというその方の母国語は広東語だけど、理解はできるから私のマンダリンを正してくれたりすることはできるよ、と。
そして中国語のクラスにも実は香港からの留学生が二人在籍していたので、みんなで「ずるい〜、そんなのあり?」と言ってたんですよね。
当人たちは「広東語とマンダリンは違うから、難しいんだ」と言っていて、確かに担当教授(青島出身の張老師)も彼女たちには基準を厳し目にして対応していたようでしたけど。
この本を読んで、そうだったのか、香港返還前でしたし、彼女たちは特に楽してたわけじゃなかったのかも!と思いましたが、同時にマンダリンもわかるよとおっしゃってたランゲージエクスチェンジの香港人のかたは、そういえば私が習いたてで結構確信あった単語であっても声調が違うとか発音が違うとか指摘されて混乱した覚えあり。
ひょっとして彼が間違ってた?
やっぱり?
モントリオールで親しくなったカナダ生まれの中国系の人々にマンダリン話者があんまりいなくて、ニーハオ、って言ったら「そんなの誰も言わない」なんて言われたりしてそれも混乱したんですけど、確かに你好と書いてあるものも広東語だとニーハオに聞こえません。
広東語の方が使えるから、今からでも広東語やれば?って言われたこともありましたが、この本を読んだら声調が6つもあるとか、単語も文法も結構違うみたいだし、そんなに簡単じゃなさそうです。
いやいや、広東語に手を出す前に、ちゃんとマンダリンも上達しておきたい。
↓このサイトで実際に広東語の発音をチェックできます。
本当に、全然違いますね〜。
一つ以上の言語(バルバラ・カッサン、読書人)
はてなブロガーで本職はイラストレーターの大塚砂織さんが表紙のイラストを描いていらっしゃって、ブログに書評を書いていらっしゃったのをきっかけに手に取った本です。
saoriotsukadiary.hatenablog.jp

私は生まれた頃から複数言語を話す環境で育った人間ではありませんが、まあそれなりに少なくとも2言語は同じくらいに使って生きています。
母語のみで生きていた世界から、二言語目を身につけてその言葉で繰り広げられる世界に移り住んで得たものは、著書が書いている「言語は母語以外にも存在するのだ」という認識そのものですので、読んでいてかなり興味深く感じました。
言語が複数存在するということは、世界観が複数存在するということ。
たまに、「よろしく、って英語でなんていうの?」「I love youって日本語でどういうの?」などと聞かれ、直訳できないので「それはどういうことが言いたいわけ?」と聞くんですが、よろしく、の本意はなんぞやなんていちいち考えて言ってる人はいないかもしれないけれど、その場その場で実際の意図は若干違うし、そのまんまの表現に対応する言い回しが別の言語にないことなんてしょっちゅうです。
「$#語を話す人にはそういう感情(とか関係性とか)がないんだね」ということではなくて、どのコトバを使うとどの感情がオンになり、どの思考回路がオフになるのか、ボタンの並び方が違う、いや、ボタンじゃなくてネジ式だったりするかも。
実はフランス語の持つ世界観というか言語表現の世界って、日本語に訳される段階で私には掴みにくいものに変化すると常に感じているのですが、本書を読んでいる間中、その歯痒さを常に感じ続けるという皮肉な体験もしました。
この本はフランス人の著者が書いてるから、原語で読む方が良いかも、と一瞬思ったんですよね。
ただ、私のフランス語はまだまだ本をすらすら読んで楽しめるレベルではなく、辞書をひく頻度で読み進むスピードが落ちるのでそのうち読み通すエネルギーが尽きてしまうレベル。
読みかけて断念してほっぽり出したフランス語の本が増えるのもあれなので、やっぱり日本語訳を手に取りました。
翻訳者の方々の仕事に文句言ってるんではないですよ。
翻訳ってすごく難しいことだと思うので、それをやってのけている翻訳者の方々の苦労や技はすごいと思います。
文法的に日本語と似ている言語は韓国語くらいで、あとの言語は中国語も日本語とはかけ離れていますけど、学習者レベルで感じるのは、中国語の世界観と日本語の世界観ってやっぱり近いなあ、ということ。
やっぱり長い歴史を経て中国文明の影響を受け続けてきた日本だから、ヨーロッパ言語で表現される世界観とはまるで違う近さをひしひしと感じます。
中国語を勉強した翌日中国人の知人と会ったりしたら、もう中国語でおしゃべりしたくてたまらなくなります(が、マンダリンじゃない人も結構いるし、レベルがレベルなので会話にならず挫折してばかり。)
少なくとも、その言語を使う人たちに親近感感じるし、より深く相手を理解できると思うので、外国語を学ぶのは習得度にかかわらずとても良いことだと実感します。
今回日本から持って帰ったのは5キロほど。
みりんや味噌をもっと持って帰りたかったけど、やっぱりこの本読みたい、と厳選した本たちです。
団子より本、いや、団子も大事