
異常気象現象が多すぎる
多すぎる、と言ったってそんなのはどうにもなりませんが。
先日は千葉で大雨で大変なことになっていて、その前の熊本の地震の被災者の救済やなんかもまだまだという状況なのに、こんなに畳み掛けるように災害が、、なんて思ってたところでネパールです。
いや、ネパールの前にインドネシアでも大きな地震がありましたし。
そしたらネパールで洪水。
この時期はモンスーンで連日雨が多いから?
と思ったら、ヒマラヤの山頂付近の氷河が緩んで落ちてきたことを発端とする洪水−氷河崩壊(氷崩、氷雪崩)と言われているようです。
日本語Wikipediaによると、氷河があったのが大体標高5200メートルくらいのところで、そこから「0.2 km2 の氷と岩の塊」が剥がれて1200メートルくらい落下したとかなんとか。
雪崩とか雪解け水混じりの大洪水だったってことですね。
洪水が発生してから約1週間近く経ちましたが、犠牲者の数はどんどん増えていくばかりです。
谷間の村に住んでいた人々や、地域のダム工事などで滞在していた人々、インドからの聖地巡礼で訪れいていた人々をはじめとする観光の人々など、多くの方が犠牲になりました。
とても心が痛みます。
ネパールにはほんの2年前にトレッキングに行きましたが、私たちが歩いたランタン谷沿いのトレッキングルートの始まり(カトマンドゥから車で入る場合)の村Syapru Besiも洪水の被害を被ったようです。
一緒に十日近く歩いたポーターさんが、トレッキングルートを終えて一泊したのち一緒に車で1時間ほどカトマンドゥ方面へ行った先でお別れしたのですが、彼の村はどこにあるのか、まるで知らないんですけど、大丈夫だっただろうか。
一度訪問しただけの国ですけれど、実際に言葉を交わしたり一緒に歩いたりした人々の国ですから、気持ちは少し近いですよね。
彼らが無事でありますように。
顔も知らない人々だって、無事でありますように。
意味のあるブログ記事を書ける自信はありませんでしたが、やっぱり取り止めのない内容しか書けません。
こういう自然災害が起こるたびに不意をつかれて多くの人々が傷ついたり命を落としたり深い悲しみに襲われ、生存者も被災地で辛くて不便な思いを続けることになったり、さらなる社会的な被害を被ったり、とにかくやるせないことが続きます。
これら自然災害はどこまで純粋に自然による災害と言えるのかといえば、人間社会の経済活動と気候変動のつながりは否定できないわけで、今回の洪水の前にもネパールの首相が危機感を表明していたというくらいだから、人災と言えますよね。
異常気象による大きな災害の被害になるのは多くの場合が貧しい人や地域です。
ネパールなんてまさにそう。
犠牲者の救出作業や被害にあった地域の再建が少しでも早く進むことを祈っています。

NYT記事↓では3D地図で洪水の流れと地名が確認でき、尚且つネットで出回っている破壊的状況の写真やビデオなどが撮影された大体の地点が示されています。
日本での災害も、自分の出身国だし家族や友人が住んでるし、行ったことのある場所や行ってみたい場所や、何しろ身近なので心が痛いし被災者の人々の顔は、知らない人々であっても身近に感じます。
同じように、遠い外国でも自分と何かのつながりがある国だと、やはりまるで知らない土地の話よりも感じ方が若干違うように感じます。
それは自己中心的な世界観ゆえと言って仕舞えばそれまでですが、一個人は国連じゃないので仕方ない。
とはいえ遠隔地の人なら関係ない、とか、他人ならどうでも良い、というわけではもちろんなくて、どこでどんな人であれ、災害にはあってほしくないし、災害もあってほしくない。
あってほしくない、って言ってるだけじゃなくて、防災とか、災害が起きる大きな流れとしての気候変動に影響のあることを控えるとか、そういうこともきちんと考えて生きなければと思います。
意識が高いの低いのとか言ってる場合ではもはやないと思っています。



ネパールに行った後で日本に行った時、それまではまるで気が付かなかった「インド・ネパール料理店」があちこちにあることに大変驚きました。
えー、そんなにたくさんあったんだ?
そういえばランタン谷のある村の宿のご主人が、妹さんが長野で働いてる、っておっしゃってました。
日本は非英語圏なのでネパールからの出稼ぎ先としてはそれほど上位ではないらしいですが、結構な人数が日本にいらっしゃってる様子ですね。
日本で嫌な思いをしないできちん暮らせてるといいなあ、と、そちらも気になりましたっけ。
