食いしん坊、北米でヴィーガンになる

北米で植物性食品を食べて強く生きる記録

チップという悪習・北米のレストラン業界 

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外国のレストランなどで食事をした日本の旅行者がまず最初に感じるのは「えーと、チップってどうするんだろう面倒臭いな〜」ということではないでしょうか。

 

その戸惑いと面倒臭い感覚、それは日本人に限ったことではありません。

日本で育っていようとアメリカに生まれていようとカナダに移民して住んでいようと、戸惑う気持ちは多くの人が感じていることです。

 

 

実際にこの嫌な習慣をやめようじゃないか、という動きはあちこちで巻き起こっているのですよ。

それでもしぶとく続いているのは、悪い習慣を変えるのがいかに難しいのか、という話でもあり、労働者にきちんと報酬を支払わなくて済むような土壌ができてしまっていたらいかに経営者は正当な対価を払わずに労働者を搾取し続けてしまうのか、という話でもあると思います。

経営者も苦しいですからね。

 

 
チップ文化の問題色々

日本ではレストラン労働者に対して、最低賃金のレベルを下回る賃金を支払っても良い、という法律はないと思います。

 

が、カナダやアメリカではこれは当然なのですよ。

 

チップという慣習の対象であるウェイターやウェイトレスの最低賃金は、一般の最低賃金より低く設定されています。

どこの州でも基本は同じだと思いますが、カリフォルニアに住んでいる義姉によると、カリフォルニア州ではウェイト・スタッフも最低賃金が15ドルだそうです。

でも一般的には給仕職は薄給です。

チップもらえるから、と。

 

 

お店によってチップの分配の方法は若干違います。

自分が担当したテーブルのお客さんが残していったチップが全て担当ウェイト・スタッフのポケットに入る店あり、全部まとめてマネジャーとかオーナーの采配でそれぞれのウェイト・スタッフに分配される店あり、厨房スタッフとウェイトスタッフとで分け合う店もあるみたいです。

厨房でも調理関係者はウェイトスタッフよりも時給が良いはずだから、それってどうなの、と思うのですが、そういうのもお店のやり方次第なんでしょうね。

 

ウェイト・スタッフの給料は、時給x働いた時間の合計なので、大した金額にはなりませんが、額面の収入の*%がチップとして現金で支払われているという前提で、その推測のチップに対しても課税されるというのがよくある州の課税パターンです。

 

お客として食事をした後のチップの計算の仕方は、基本的に税抜きのトータル金額の**%を支払う、という考え方です。

 

一度の食事での合計金額は朝食よりも夕食、単なる食事よりも酒類を一緒に注文する場合、ささっと食べてささっと帰る個人客よりも仲間同士や家族で集まってのんびりする人が多い週の後半や週末、と金額に差がありますから、同じような労働をしていてもチップの差が出てきます。

 

基本的には心付けという前提ですから、支払う側の財布事情や気分などによってもどれくらいもらえるものか確証がありません。

 

従って同じ時間数働いててもチップの稼ぎは公平ではないので、政府による憶測前提の課税ってちょっとひどいですよね。

 

日本でもそうですが庶民的な食堂とかファーストフード、チェーン店のレストランなどで給仕するのはバイトとかパートの人が主で、この仕事を自分のキャリアとしてずっと続けたい人はあまりいないのではないでしょうか。

立ち仕事だし、変なお客さんもたまに(しょっちゅう?)相手にしなきゃいけないし、重労働です。

 

庶民的な価格帯のお店にはやはり庶民が引き寄せられるわけで、柄の悪い人の割合も高級レストランよりも多い。

高級レストランだって嫌なお金持ちのお客さんは来るでしょうけれども、ウェイト・スタッフへの態度がラフになりがちなのは比較的経済的に低層な地域や店になりますし、そういう店にしか働き口が見つけられないのは、有色人種のシングルマザーというような貧困層の女性など、社会的な弱者が多いのも現実です。

 

お客さんが無茶なことを要求してきたり、触られたり差別的な冗談を言われたりしても、抵抗したり抗議したらチップが貰えなくなるかもしれないから我慢する、という現象はこうした背景のもとに起こります。

 

 

チップは置くべきなのか

チップは心付けだから、置かなくても違法じゃないのですが、そういう人はまずいないと思います。

 

タランティーノのレザボア・ドッグスという映画の朝食シーンで、その場にいた男たちがチップを一人ずつ出し合っているときに、「チップなんて払わない」と出し渋ったMrピンクに対して「こういう店で働いているウェイトレスは薄給で重労働してるんだ、かわいそうじゃないか、何セコイこと言ってるんだ」と強面の殺し屋たちがチップ文化の背景を説明しながら彼を非難します。

 

 

 

解放奴隷に報酬を払いたくない資本家たちに好都合なチップ制度

チップという習慣は1850年代頃、ヨーロッパに遊びに行ってきた金持ちがアメリカに持ち帰ってきたと言われています。

ヨーロッパのことなら「素敵、洗練されている、だってヨーロッパだもん」と受け止められるのは日本に限りません。

 

そしてこのチップの習慣は、都市化・近代化しつつあった当時のアメリカで、低賃金で働く工場労働者たちが食事をする食堂で働く黒人解放奴隷たちへのただ同然の報酬を補うシステムとして定着していったことでもわかるように、社会の弱者、被差別者たちの労働をきちんとした報酬の制度抜きに搾取できるシステムとして利用されるようになったわけです。

 

このリンクの記事は2016年のものですけれど、記事によると当時のアメリカのレストラン・ウェイトスタッフの最低賃金は2.13 ドルから 7ドルの間。

www.washingtonpost.com

 

上の記事の冒頭には、2013年にSlate誌に掲載されたジェイ・ポーター氏の記事からの抜粋(下記)がありますが、これ載せたら私の駄文なんか不要ですね、デリートしようかな。

 

Studies have shown that tipping is not an effective incentive for performance in servers. It also creates an environment in which people of color, young people, old people, women, and foreigners tend to get worse service than white males. In a tip-based system, nonwhite servers make less than their white peers for equal work. Consider also the power imbalance between tippers, who are typically male, and servers, 70 percent of whom are female, and consider that the restaurant industry generates five times the average number of sexual harassment claims per worker. And that in many instances employers have allegedly misused tip credits, which let owners pay servers less than minimum wage if tipping makes up the difference.

(研究によると、チップはサーバーのパフォーマンスに対する効果的な動機にはならない。また、白人男性に比べて、有色人種、若者、老人、女性、外国人に対するサービスが悪くなりがちな環境を作り出す。チップベースのシステムでは、白人以外のサーバーは、同じ仕事をしても白人のサーバーよりも収入が少ない。また、チップを払う人は一般的に男性で、サーバーは70%が女性というパワーバランスの悪さや、レストラン業界では労働者1人あたりのセクハラ請求件数が平均の5倍にも上ることを考慮する必要がある。また雇用主がチップクレジット制度*を悪用するケースが多く見られた。)*チップで差額を補うことにより、オーナーがサーバーに支払う賃金を最低賃金以下にすることができる制度

 

こんな悪習はなんとかして廃止にするべきだろうと思いますが、それまでお客としてできることは、きちんとチップを支払うということくらい。

あとは、チップ制度廃止の署名活動とかレストラント労働者の雇用条件の改善を公約に含めている政党をサポートするとか、それくらい。

 

 

財布へのダメージは

最近のものは知りませんけれども、10年くらい前の日本のガイドブックに10%と書いてあるのを見た覚えがあります。

戦後じゃないんだから、10%置いていかれたら、何が不満?と思われるでしょう。(北米の話)

 

 

会計時にカードを処理する端末で、決済に進む前に「チップをどうするか」と選択する画面が出ますが、ここで面倒くさくないように、15%にする、20%にする、自分で金額を入れる、などと選択肢が出てきてチップがいくらくらいになるのか判断しやすくなっているので助かります。

 

 

合計が100ドルになる食事をした場合は、100ドルプラス税金プラス20ドルをテーブルに置いて(端末に打ち込んで)爽やかに席を立つべし、なのです。

 

だから、財布から出すお金は140ドル程度になります。(ケベック州の場合)

えええ?100ドルだと思ったのに?

と感じるのは人情です。

 

でもそれが、外食するということ。(嫌ならサンドイッチでも買って食べていれば良い)

Mr.ピンクみたいなゴタクを並べるのはみっともない。

 

 

上記のワシントンポストの記事に載っていた外食産業における性差別に関する短いビデオも貼っておきます。

 

 

本日はいつにも増して長い記事に最後までお付き合いくださいまして、ありがとうございました。

 

日本にチップ制度は不要です。


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デトックス野菜スープと領事館で投票

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野菜色々スープ
デトックスってほんと?というスープ

 

単なる野菜スープなのですけれど、参考にしたレシピが「ロシアに住んでいたことのあるおばあちゃんが作っていたスープを参考にしたデトックス野菜スープ」だったのです。

 

デトックスって、、、。

 

先日、ビートルートが10ポンド入りで2ドルくらいだったんですよ。

2ドルって二百円くらいな感じですよ。

思わず買ってしまいましたので、せっせとローストして食べてますが、毎回ローストじゃ飽きるのでボルシチでも、、と思ってレシピを検索した次第です。

 

参考にしたレシピとはあんまり似てないですけれど、中に入れたのはこんな感じ;

  • オイル少々(炒めるため)
  • 玉ねぎ三つ
  • 白菜の真ん中の方、5、6枚
  • セロリ3本くらい
  • ニンジン、牛蒡くらいの細さのを3本
  • ニンニク4かけくらい
  • ブラックビーンズ 缶詰二つ
  • ベジタブル・ブロス
  • ベイリーフ
  • 塩胡椒その他好みのハーブやスパイス
  • ビートルート三つ
  • 大根、半分くらい
  • ターニップ、とても小さいのを二つ
  • ジャガイモ小さめを4つくらい
  • Freekehカップ半分くらい

 

厚手のなべで材料を上から順番に炒めていき、ニンニクを入れたら香りが出るまで炒め、ブラックビーンズ(今回は缶詰を利用しました)を入れ、ベジ・ブロスを入れたら一口大に切ったビートルート、大根、ターニップ、ジャガイモ、Freekehを加えて煮込む。

 

ものすごーく簡単です。

 

実は6リットルサイズのインスタントポットで材料を炒めつつ足して行ったら途中でぎりぎりの線に到達してしまったので、別の鍋で大根以降の材料をコトコトと加熱して、インスタントポットの調理が終わった分と後で合わせました。

ちょっと欲張りすぎましたが、これで向こう3日間くらい楽して残り物ご飯が続きます。

 

レシピには「デトックス」と書いてあるのですが、この言葉、やたら使われてますね。

 

どういう了見でこういう単語が料理の話題で頻出する言葉になったのか、と思いますけども。

 

体に良い、健康に良い、という言葉がありふれてるから新しい単語で、ということだと思いますが、言葉には意味がありますから、その意味をその通り受け取る人が登場してもおかしくありません。

 

Detoxify、解毒する、というこの言葉は以前はもっぱら薬物中毒患者の治療のことを意味していましたけれども、食事で解毒する、と気軽に人々が使うことにはやっぱり抵抗を感じます。

 

 

大根もスープに

味噌汁には入れますが、洋物スープには遠慮していた大根。

このスープには使いかけで持て余していた大根を投入しました。

カブも入ってるし、良いであろう、と。

どのピースがカブでどれが大根だかすでに判別不能です。

次は大根もオーブンでローストしてみようかと思ってます。

 

 

領事館で投票

行ってきました〜。

領事館へ行くのがとても久々だったので、メトロのなかで「あれ、どこの駅で降りれば良いんだったっけ?」なんて。

そうそう、メトロに乗ったのもパンデミック始まって以来お初です。

今日はこの後他所に行く用事もあったし、自転車で汗だくで午後を過ごすのも嫌だったので勇気を出してメトロに乗った次第です。

 

モントリオールの領事館は以前はSquare Victoriaで降りたら直結している建物の中にあったのですが、数年前に引っ越して、現在はPlace Ville-Marieという、上から見ると十字架の形になっている、モントリオールのダウンタウンでは割と目立つ高層ビルの三十三階にあります。

 

あのあたり一帯は地下街と地下道とメトロが広い範囲で繋がっていて、路上に出なくてもあちこち行けるのですが、私は地下が嫌いなので一旦地上に出ます。

 

地下街って方向感覚が混乱するんです。

お日様が出てないせいもあるし、テナントが変わるとガラッと雰囲気が変わるし、どこも似たような雰囲気で覚えられやしません。

 

今の仕事につく前はこの辺で仕事していましたし、その前の職場からは自転車でお使いにこの辺に来たりもしていたので、地上なら迷いません。

 

東京に比べるとそれほど変化のない街とも言えますね。

 

領事館はインターホンを押して要件を述べて入れてもらいます

いつからだかは存じませんが、現在は入り口を入るとすぐに、X線で持ち物チェックするコンベアベルトに鞄などを乗せ、金属探知機のゲートを潜ります。

 

投票に参りましたと言いましたら、日本人職員の方が丁寧に迎えてくださいまして、在外選挙認証と身分証明書の提示を求められます。

 

その後は毎回、在外投票あるあるで、長机にずらずらっと係の方々が並んで座っていて、彼らの目の前の机で自分の氏名、在外選挙人番号、日本の選挙管理委員会の所在地などを書き込み、投票用紙と封筒を受け取りに再び係員の方々が並ぶ長机へ。

 

そこで書き込んだ書類を提出し、投票用紙と封筒を受け取って、注意事項を聞き、投票する机が壁に向かって設られたところへ行きます。

 

今回はパンデミックのため人々の間に空間を設けるという意図もあったのでしょう、投票する場所が脇の小さめの部屋に分けられていて、長机の前に並んでいる人たちの目の前で投票作業をしなくて済みましたが、何しろ投票所には同時に2、3人くらい収容できる座席数が用意してあるとはいえ、だいたいいつもたった一人ですので、なんとなく「みんなにじーっと見つめられてる?」という雰囲気なのですよ。

土曜日など、多くの人が投票にきやすい日だったらもっと人が入って静寂が破られるのでしょうけれど。

在外投票はいつも、数名いらっしゃる係の方々にしっかり確認をしていただき、自分の選挙区の選挙管理委員会宛の封筒に全て入れて封をしたものを手持ちの金庫にきっちり閉まってくださいます。

 

 

 

投票は20日から23日と短い期間ですから、混雑してたら嫌だなと思いましたが、午後だったのですが全く心配不要でした。

土曜日に来る人が多いでしょうね。

領事館のドアの外に椅子が二つ置いてありましたので、大勢やってきても待つ場所がありますよということでしょう。

大勢って言ってもたかが知れてるかもしれませんけども。

 

 

 

鉛筆で書いた文字を何人もの人に確認されるのも恥ずかしうございました。


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紅葉とリンゴ狩りへ・総選挙

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リンゴ狩り、このオーチャードは今日が最終日でした
リンゴ狩りへ

モントリオールから車で1時間半足らずくらいのところにある林檎園に林檎狩りに行ってきました。

ここに来るのは三度目くらい。

去年、一昨年とも、ユーピック(自分で収穫する)の最終日の翌週くらいに到着して、すでに林檎園の人たちが収穫してあったものを買って帰っていました。

子供でもないし、別にりんごを見つけてもいでわーいわーい、って袋に詰めて買って帰らなくても、それはそれで楽でいいかも、と思っていました。

 

今年は一緒に行った友人が「せっかくだから自分で収穫しつつ歩き回って楽しもう」と。

ということで、20ポンド(約10キロ)ばかり収穫してきました。

しかもこの日曜がこのオーチャードのユーピック最終日。

昼ごろでしたが、広々した林檎園の中にあまり人が見当たらず、のんびりしたものでした。

 

このオーチャードに来ることになったきっかけは、ケベックのイースタン・タウンシップスの国境沿いにある小さな町に来たかったから。

 

夫と結婚した年にハニムーンと称してこの辺の小さな町や村を1週間くらいかけて自転車で回ったんですよ。

モントリオールから車でなら1時間半くらいで行ける町も、自転車だと10時間以上かかったりして(食事休憩や暑くなって川で泳ぐ休憩など含みます。)

昔はオンラインで予約、なんてこと誰もやってなかったから、予約なしでフラフラっと次の町に到着してはツーリスト・インフォの小屋を見つけて良さそうな宿やキャンプ地を見つけて、、という感じ。

 

あと、車ではあまり気にならない急な坂とか、路肩がほぼない道なんかも、自転車だとキッツイ、、、とか、農家で堆肥などを発酵させてるところを通り過ぎる時は結構長いこと強烈な臭いに苦しむ、、とか、、今でもこの辺りをドライブすると思い出して笑うことが沢山。

 

アメリカ国境に近付くと、ちょっとだけ地形もアパラチア山地の傾斜の端くれみたいなのを感じるような変化があるので、平らで単調で面白みにかけるモントリオール周辺よりも景色も面白かったりします。

 

今週末は、紅葉のピークをすでに過ぎた感じでしたが、落ち葉が真っ赤だったりオレンジだったりしてそれはそれで大変目の保養になりました。

 

写真らしいものがないんですけども、一昨年はたまたま訪問した週末が紅葉のピークで最高に美しく、丘陵地帯を通る時には息を呑むような圧倒的な紅葉を見ることができました。

去年はその体験を再び、、と思い、紅葉マップを見て「今がピークだって!」と渋る夫を焚き付けて訪問したら、なんだか気が抜けるくらいまだまだな時期で、ちょっとがっかり。

 

今年もこの紅葉マップで見て「この週末がピークかも」と言っていたら、それは夫の家族が遊びにくるサンクスギビングの週末で、この期間中は動けないねー、と今週に。

夫は去年の記憶もあるので「そのマップって去年も参考にしてたあれ?大丈夫?」と。

 

でも今年はこの情報、結構ちゃんと当たってましたよ。

もう来週には葉っぱは全部落ちてるんじゃないでしょうか。

 

www.bonjourquebec.com

 

 

ケベックのイースタンタウンシップスの大半は地形が何しろ平でだだっ広いので、美しい紅葉もカメラを向けると結構間が抜けた感じになるんですよね(言い訳。)

日本の紅葉の景色などは山や渓谷など地形そのものが面白いので美しさもひとしおだと思いますが、まあケベックの紅葉もそれはそれで綺麗です。

 

そんなわけで、林檎狩り、紅葉狩り、イースタン・タウンシップスの丘が結構ある方面の田舎ドライブを楽しんだ週末でした。

 

北米レベルですが古い建物が残っていたり、広々した田舎を見てちょっとリフレッシュできます。

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カバード・ブリッジ(covered bridge)と呼ばれる屋根付きの橋は、別名kissing bridge。 北米人も昔は奥ゆかしかったのか

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こういう落書きをするの、今時の子もやるんですね(って自分はやったことないですが)

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水平線の彼方にあるのはアメリカ(湖の半分下っ側はアメリカなので、向こうのほうは両岸ともアメリカなはず。)

 

総選挙2021

総選挙ですね。

いつだいつだ、と待っていたら先週、モントリオールの領事館から在外公館投票の日程のお知らせのメールが来ました。

 

在外公館投票って、日本みたいに日曜日じゃないし、期間も短いし、何しろ選挙がありますよと公布されてから実施されるまでの日数も短いので、過去には投票期間に指定された時期にはモントリオールにいないからいけないじゃん、とか、休めないからいけないわ、とか、そういうこともありました。

 

今回はモントリオールの領事館では10月20日から23日までという、通常よりももっと短い期間。

国外に住んでいる日本人の多くの顰蹙を買っている模様です。

 

私はメトロに乗って30分もすれば領事館に到着しますけど、確かに同じ州に住んでいないとか、電車やメトロやバスで行けない人たちにしてみれば、大変不便です。

 

遠隔地にお住まいの人たちは今まで郵便投票などで凌いでいた方も結構多いと思うのですが、パンデミックで郵便物が届くのに異様に時間がかかる昨今、郵便投票のお願いを自分の選挙区に送って、先方から投票用紙と封筒などなどを返送してもらったのを受け取って、それから自分が決めた候補者の名前や政党の名前を記入して入れて封した投票用紙を選挙区に返送して、、を、こんな短期間に済ませることはまず無理です。

私は郵便投票はしたことがないのですが、郵便投票の場合は領事館の投票日ではなくて日本の投票日までに届けば良いのかな?と思いますが、そこら辺はきちんと領事館などのリンクから説明を読まないといけませんね。

 

実際、パンデミックによる郵便事情のアテのならさゆえ、公館での投票そのものを今回は見送ります、と大使館が判断を下した国もあるようです。

 

それって、有りなんですかね?

大使館や領事館の職員の人たちも投票できないってことですか?

公館が郵送が間に合わないから無理と判断するような期間の短さ自体が違憲では?

 

海外にいながら投票させて頂けるだけで有難いとは思ってませんから、投票する権利を海外に住む人にまで広げてくれた以上は、その機会を急遽選挙を交付してとっとと投票期間を短く設定して済ませて乗り切ってしまえ、なんていうやり方が通らないように公正な選挙の実施のために必要な規定を明確に記していただかねば。

 

選挙区のこととか、候補者のこととか、確認のために色々とサイトを巡ってましたら、電子投票なんてことが書いてありました。

このリンクの#6の項目です。

 

www.soumu.go.jp

情報化社会の進展に伴い、選挙の公正で適正な執行と開票事務のスムーズな進行にlTが活用されるようになってきました。
平成14年2月に「地方公共団体の議会の議員及び長の選挙に係る電磁的記録式投票機を用いて行う投票方法等の特例に関する法律」(電磁的記録式投票法)が施行され、地方公共団体が条例で定めた場合には、その地方公共団体の議会の議員及び長の選挙において電磁的記録式投票機(電子投票機)を用いて行ういわゆる「電子投票」を導入できるようになりました。

 

地方公共団体の議会っていうのは、市議会とか県議会ってことででしょうか。

地方自治体ではデジタル投票が始まっているということなら、総選挙もそろそろそうしてくれまいか、と思いますよね。

デジタル省っていうお役所ができてるんだったら色々と準備を進めてくれてるんでしょうか。

私の在外選挙認証も、あと2回選挙に行ったら欄が無くなりますから、新たに申請しなければいけないんでしょうかね?面倒臭いですね。(必要書類とかすっかり忘れてますから。)

 

少なくともモントリオールの領事館は投票する機会を保ってくださってますけれども。

 

 

少しでも多くの人たちが投票して、現在の停滞した日本を変えていけると良いと思います。


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トラウマの知恵とは・映画、The Wisdom of Trauma

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The Wisdom of Trauma 2021 Canada, Zaya Benazzo, Maurizio Benazzo 作品

 

モントリオールには、毎年10月にメンタルヘルスをテーマにした映画を集めたフィルムフェスティバルがあります。

 

パンデミックが始まった去年から、このフェスティバルもオンラインでストリーミングで観ることができるようになり(というか劇場での上映は無し。)

 

今年のフェスティバルで一番心に残ったのが、このドキュメンタリー、The Wisdom of Traumaでした。

 

フェスティバルは水曜日に終わったのですが、いつかどこかでお目にかかるかもしれません。

とても素晴らしいのでまずはトレイラーをご覧ください。

 

Dr. ガボー・マテはブリティッシュコロンビアを拠点に活動している元医師。

彼自身も幼少期にホロコーストで母親と引き離されて心に深い傷を負った経験がありますが、彼曰く、アディクション(依存症)やADHD、身体の病気、犯罪行為など多くの人が抱える問題は、幼少期に体験した家庭内暴力、レイプ、他にもありとあらゆる心を傷つけられる体験によるトラウマが引き起こすのだそう。

 

トラウマというのは傷そのものではなくて、心がその傷の痛みに耐えるためにと作り上げた、ストレスへの対応策のようなもの。

 

犯罪者を責めたり中毒患者を軽蔑して切り捨てる社会は、その心の傷の原因=社会の病んでいる部分に対峙せず、弱者を責めているだけと言えます。

 

 

Compassionate Prison Projectという活動を行なっているFritzi Horstmanさんは刑務所の囚人たちを訪れます。

 

刑務所で服役中の囚人たちを集め、彼らが子供の頃から体験してきたトラウマの数々と向き合います。

刑務所に集まっている人たちを犯罪者として切り捨てるのではなく、トラウマの被害者として受け止めて彼らの痛みを理解し思いやりを示そうというもの。

刑務所の運動場のような広いところに囚人たちに大きな輪を作るように立ってもらい、「親やその他の大人が、しばしば、あるいは非常に頻繁に... あなたに悪態をついたり、侮辱したり、貶めたり、恥をかかせたりしましたか? 身体的に傷つけられるのではないかと怖くなるような行動をとりましたか?」などと、幼児期における有害な体験の有無を聞いていくのですが、あまりにも大勢の囚人が幼児期の暴力の被害に遭っていることが明らかになります。

 

囚人の一人が「自分に与えられた鞭打ちなどの体罰は、世代を遡って奴隷制の頃から代々続いてきた暴力であり、奴隷制が引き起こした傷が自分の世代まで続いてきたんだと気がついた」という場面があって、暴力の連鎖が脈々と続いていることがわかります。

 

家庭内暴力や児童虐待なども、加害者本人が子供の頃に大人に同じ虐待や暴力を受けていたというのはよくある話です。

 

幼少期に子供たちが経験した虐待やネグレクトなどという問題は ACEs(Adverse Childhood Experiences、幼児期における有害な体験)と呼ばれ、この度合いを調査(ACEs スコア)した結果、幼児期のトラウマが成人してからの身体及び精神的な健康に悪影響を与えていることや早死にすら結びついていることが明らかにされています。

上記の刑務所でのCompassion CircleでもこのACEsの質問事項が使われています。

 

en.wikipedia.org

 

他には、ホームレスになって路上でドラッグを使用する人たちのインタビューなどもあり、彼らと活動する人たちの様子が映し出され、トラウマと向き合い始めているドラッグ使用者の話なども見られます。

 

依存症というと、まず思いつくのはドラッグとかアルコールですけれど、ニコチンも、カフェインも薬物依存の範疇ですし、コンピューターゲームとか買い物、仕事、SNSなど、依存の対象は薬物に限りません。

 

依存(アディクション)の問題はその対象ではなくて、依存するものを求めさせる心の中の空洞=トラウマなのだとDr.ガボーは言います。

 

トラウマによって引き起こされるそうした行為は結果としてその人の家族や子供たちを傷つけ、子供たちが成長する過程で非行に走ったり薬物使用を始めることにつながるわけで、負のサイクルは脈々と続いていく可能性が非常に大きい。

 

問題だけに焦点を当てて行為者を刑務所に押し込めたり軽蔑して社会から隔離することがいかに逆効果であるかわかります。

この作品は北米を事例に取っていますが、扱われている問題そのものは多くの国や文化圏で見られる深刻な現象です。

 

 

このサイトのリソースのページにはトラウマや幼児期における有害な体験に関するビデオやプログラムなどのリンクがたくさん載っています。

thewisdomoftrauma.com

 

 

 


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我が家の風呂事情

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お隣さんの前庭に咲くケベック・ネイティブの花。写真は本文とは関係ありません。

 

今週のお題「お風呂での過ごし方」

 

お風呂に浸かってのんびり、、が気持ち良い季節になりつつありますね。

我が家は真冬よりも秋が深まる今頃と、春先に少しずつ空気が温まり始める頃が、野外より室内が寒くて体が硬くなる季節です。

 

なぜかといえば、真冬は暖房をしっかり使っているから、外気より寒くなんてなりっこないわけで、「まだ暖房は早いよねえ」の秋と「そろそろ暖房止める?」の春の方が体に厳しくなりがち、という話。

春秋はお日様が燦々と照ればその温もりも感じられますが、日陰にはその温もりは伝わらないし、大きな木の陰のおかげで日光に焼かれる部分の少ない我が家は、お日様の恩恵で暖かく感じることができないわけです。

冬は晴れ渡ってる日=雲が断熱材の役割をしてくれない日=寒さが厳しい日ですので、晴れてる日に外に出るとピリリと痛い感じがしますけれど。

 

 

自宅で湯船

そんなわけでお風呂。

 

普段はシャワー浴びるだけですけれど、寒くて体がカチカチになると、やっぱりお風呂に入りたいですね。

でもね、湯船に浸かってのんびりする習慣のない土地のバスタブって湯船に浸かってのんびりできないんですよ。

 

昔のハリウッド映画か何かでどこかの美女があわあわのバブルバスに入ってる姿など、西洋にもあるんじゃないのか、という印象もおありでしょう。

ああいう猫足のバスタブは割と深めですから、確かに肩まで浸かろうと思えば浸かれます。

新しいバスタブでも、深めのものはあることはあるみたいで、バスルームをリノベーションした友人や知人宅などは、猫足ではないまでも割と深めのを選んでいるので、ひょっとすると流行りなのかもしれません。

 

我が家のバスタブは、古くて北米らしい、肩まで浸かるには寝そべらなきゃ無理な、浅くて長細いもの。

肩を浸水させるなら折り曲げた膝から腿の半分くらいまではお湯から出てしまいますし、足を伸ばして浸水させれば胸から上は完全にお湯から出ます。

 

いつかリノベーションして深めのバスタブに変えたいもんだと思っていますけど、その「いつか」もおちおちしてると今度は老齢で深いバスタブをよいしょっと跨いで出入りすることができなくなるかもしれません。

 

 

北米温泉郷?

北米でお風呂に浸かりた〜い、温泉入りた〜い、と思ったら、我慢する以外に何があるかといえば、ジャクージ付きの宿に泊まるとか、ジャクージ持っている友達の家に遊びにいくという手段もあります。

水道水を温めてるだけなので、蓋を開けるとプールの匂いがするんですけど、それでも気分は上がります。

温度設定が低めなのと、よその人と一緒に入る時は水着着用なので、お風呂っていう感じじゃないんですけれど。

 

あと、カリフォルニアのモローベイの近くには日本の温泉気分に近い温泉があります。

プライベートの浴槽が森の中に点在していて、材木の塀で目隠しもされているので、水着を着なくても入れます。

シカモア・リゾート、みたいな名前の温泉でした。

 

噂では、ケベック州にも温泉?があるという話なんですが、これはいわゆる「スパ」なのか、本当に温泉が出てゆっくり浸かりに行けるのか、そこら辺は未確認情報です。

 

 
風呂に入りたいのか嫌いなのか

日常的に湯船にお湯を張って入浴するというのは、実際には追い焚き機能もないバスタブではお水が勿体無いので、あんまり気が進みません。

猫足の大きめのバスタブを持っている友人カップルなどは、一人が上がったらすぐにもう一人も入るようにして、お湯を一人使っただけでは捨てないようにしています。

 

日本では当たり前ですけれども、洗い場があるわけではないこちらのバスルームでお湯をシェアするためには少なくとも一人目は石鹸で体を洗わないし髪も洗わないで、ぬくもることに専念するということです。

だからお湯を大事にしようね、と合意したカップルならできるけど、友達とか兄弟姉妹だったら、誰かが入った後のお湯なんて嫌だと思う人の方が多いと思います。

 

洗い場のある日本の風呂のレイアウトはやはり合理的ですよね。

 

 

この夏日本に帰省する折には、お風呂に入るのが楽しみでした。

が、夏だったし、よく考えてみれば特に風呂好きというほどでもない私。

いや、子供の頃は風呂は嫌いだったんでした。

 

お風呂どうぞ〜、と言われても生返事して別のことしていて「早く入らんね!お湯が冷めてしまうでしょう!」と母に九州弁で叱られて、渋々風呂場にいく、という子供の頃と同じパターンでした。

 

入ってしまうと気持ち良いんですけれど、なんだかそれまでの作業が面倒くさい。

入ってのんびりしても、その後はすぐにタオルで体を拭いて髪を乾かして、、、と面倒くさい。

 

それほど面倒くさいことでもなさそうですけど、どうも面倒くさく感じます。

 

キャンプとかハイキングとかで身体中が汗と埃でもう気持ち悪い〜!という状況で帰宅したら速攻でシャワー浴びますけれども、そこまで汚くないと、なんだか入浴前後のプロセスに要するエネルギーの報酬として、入浴の気持ちよさだけじゃあ不足なのかもしれません。

 

大体体が汚い時はシャワーじゃないとすすげませんからね、うちの浴室は。

 

 

 

ということで、風呂を躊躇して振り出しに戻ります


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