食いしん坊、北米でヴィーガンになる

北米で植物性食品を食べて強く生きる記録

蕎麦をすする音は、、、

 

こんな記事を見つけました。

matome.naver.jp

他にも日本語のウィキページまで。

ヌードルハラスメント - Wikipedia

 

これって、冗談記事でしょうか。

アメリカにはThe Onionというジョーク雑誌があって(今はオンラインですが。雑誌の方はもう存在しないと思います)ふざけたニュースを大真面目で作って笑いを誘うというのがあるんです。

まさにThe Onionがでっち上げそうなニュースだなあと。

 

でも本気で怒ってるらしい人たちもいるようなことが書いてあったので、本当かな?

本当だとしたらなんだか馬鹿馬鹿しい。

日本にいる外国人が嫌がってて「すする音がハラスメントだ」って?

実際に日本にいる日本出身でない人たちは多分もっと他に嫌だと思うことがあると思いますけれど。

 

すするスキル

すすって食べるって、頬の筋肉の使い方のコツがつかめないと「すすってごらん」と言われてもうまくできません。

 

気取った文化圏・日本の食べ物なのに、すすって食べるんだよと教えると、友人知人たちはみんな大喜びして挑戦するのですが「できない!難しい!」と。

 

私と出会って以来ずっと訓練を重ねて来てかなり上手にすすれるようになっている夫が「こうやるんだよ」とやってみせると一同「おおお〜」と。笑

 

今年も大晦日には友人たちに年越しそばを作ってあげて、すする練習を企画中です。

 

まあ日本にいて、麺類を食べてる音を不意に耳にする機会があったら「うわ、なんて下品な音だ」と思うかもしれませんが。

 

でも、よその国の生活習慣(文化とか言いたくないですね、すすって食べる習慣程度のことで)で「これはちょっと抵抗があるなあ」ってことくらい、ない方がおかしいでしょう。

 

義妹は医者で、たまにネパールに医療の指導に行ったりしているんですが、ネパールでは痰をかー、ぺ、と吐き出すのが社会的にタブーではないらしく、あちこちからその音が聞こえてくるとか。 

「でもそういうもんだからね、しょうが無いのよ」と。

それがいちいち気になって嫌でたまらんと感じる人はそういう国に仕事で長期滞在はできないでしょうけど、そういうのを笑って流せる人はそんなに少なくないでしょう。

 

日本の麺類すすりも、そういうもんでしょう。

蕎麦屋でみんなが勢いよく「ずずず〜!」と食べてるのを聞いて、笑っちゃう人はたくさんいそうだけど、気持ち悪いわ〜やめてくれ〜〜!と真剣に嫌がる人ってそんなにいなさそうな気がします。

まあ、下品なことは確かですから、びっくりするなあ、下品だなあ、と感じる人は多いかもしれませんけどね。(日本では粋だという人もいるんだと言っても多分理解は得られまい。)

 

まあ神経質な方は何人にでもいらっしゃるでしょうから、そういう人は自分が心地よいと思える場所以外ではいつでもイライラしたりしてるんでしょうし、そんなことまで気にせんでよろし。

 

それより私は飲食店で未だに喫煙が受け入れられてることや、特定の外国人への差別意識とか、駅や公共の建物が足腰弱い人たちや身体障害者にとってアクセスしにくい作りだとか、そういうことを改善するべきでしょ、と思いますよ。

 

こんなビデオを見つけました。ラーメン、北米でも人気上昇中ですからね。 

 

蕎麦、うどん、ラーメンはすすってても気にならないですけど、パスタをずるずる食べてる人を見ると「うわー下品」と感じる私。所詮こういうことは理屈じゃないんです。笑


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ざくろの味、イランのレシピ

その昔、なぜだかイラン(の多分テヘラン)〜東京間には直通便があったそうです。

JALなのかな、どこの航空会社だったのかな、それは知りませんが。

 

そういうわけで、一時期の東京にはイラン人がたくさんいらっしゃいましたよ。

 

個人的には知り合いになった方はいませんでしたが、当時、東京に住んていた外国人が、滞在許可の延長をするんで、お役所に列を作っていたけれど、日本政府はあんまり外国人を両手を広げて歓迎するタイプではないので、結局待たされ損でむしゃくしゃして帰る、、という状況の人が多かったような。

そんな列に並んでいた人々を、何かのテレビ番組のカメラが映し出し、「日本をどう思いますか?」と質問していました。

状況的にも、「いやあ、日本人はみんな親切で、、」なんて言葉が出そうにない場面でしたが、やっぱり、来た当時は希望に胸膨らませ、日本はすごいな、なんて驚いたりしてはいたものの、何かと差別待遇を受けたり、思うように仕事が見つからなかったり(多分不法滞在でしょうから、そこらへんは日本は難しそうですしね。アパート一つ見つけるにしても外国人だとかなり大変でしょうし。)

そういうわけで、インタビューされた男性が「日本?、、、、今は、大嫌い」って吐き捨てるように発言されたのを見たのが印象に残ってます。

 

来る前はいいことばかり聞いていて、来て見たら、嫌なことばかり経験して、もう、この国は嫌いだ、と思って去っていく人、、、

 

そういう人はどこの国にもいるでしょうし、どこの出身の人にでもありうることですけれども、なんだかその方の、流暢な日本語と、吐き捨てるような「大嫌い」が忘れられない、、。

 

違法でもなんでも、外国から来た人たちが困っているのをそのままにするのは政府としては賢い選択ではありませんけれど、外国人に慣れてない日本政府ですからね、何もしてあげなかったんでしょうね。

 

時は流れて、現在、仕事で関わりのある人たちの中に、イラン出身の方が数名。

それまでにもイラン出身の方と親しくさせていただいたことはあるのですが、なんだか皆さんやっぱり一様に日本に好意をお持ちです。

 

おしんがすごく人気なんだよ〜、とか。笑 (これ、20年以上前から言われ続けてるんですけど、今でも?再々再・・・放送?)

 

私はおしんの世代じゃないから、大根飯とか食べたことないから、と言いますけど。

いや、そもそも見たことないですし。

 

 

イランの生活風景の写真集をお持ちのイラン出身の方に「ほら見て、イランはこういうのところだよ」と写真を見せてもらっていたら「あら、何これ、これ、イランの家庭内にあるんですか?」

その写真には、居間に集う家族数人が、こたつに当たって歓談している様子が!

そうなんだ、イランにもこたつ、あるんだ〜〜〜、と。

 

現代になって、イランに出稼ぎに来た方が日本でコタツを見て「これはいい」と持ち帰った、、、とも考えられますけど、全く別々の土地にいながらにして、同じような局部的暖房設備を発明した人が彼の地にも、、、、と思う方が私としてはなんとも楽しい、、。

 

 

そんなわけで、イランの政情や西洋諸国との関係が安定してくれて、訪問しても安心な時代が来たら、ぜひ訪問して見たい国なのです、イラン。

 

 

知人に聞いたイランの食べ物も、派手さはないものの、興味津々。

デーツを入れるオムレツとか(卵は食べないので、試すことはありえませんけど)

 

 

イランといえば、アッバス・キアロスタミ監督の映画ですが、ああいうの見ても、ああ、なんだか懐かしさを感じるわ、、と。笑

 

 

そんなわけで、イランのレシピ本を図書館で借りました。

 

この本が出版されるという知らせを読んで、買おうかなと思っていたんですが、肉料理や卵料理も結構あるだろうなあと思ったので、買うのはちょっと待っていて、その前に図書館で借りて見て、良さそうなら、、、とせこい根性で。笑

レシピの本は集めちゃうときりがないので、多分これは買わないだろうなあと思います。

図書館が一冊持ってて、いろんな人がその本を楽しむというのが結局は環境にもいいですしね。著者としては儲からないでしょうけど。(じゃんじゃん買う人もたくさんいるだろうから、図書館が買うくらいへでもないかな。)

 

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著者のYasmin Khanさんは、今後はもっともっとヴェジの方向でレシピを開発していきたい、とおっしゃっているようですので、今後にも期待しますが、この本に関しては、彼女の故郷の空気や味、思い出などを盛り込んでいるようで、それなら肉や魚を無視するわけにはいきませんよね。

 

この本の中から、今夜は三品作ってみました。

お休みの日なので張り切って、新たなレシピ3つに挑戦。

 

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左から時計回りに、残り物(イランとは無関係)のレンティル・ローフ、豆のディップ、レンティルとバスマティを炊いたもの、ババガヌーシュぽいけどやっぱりイラン風なナスのディップ。

 

レシピを参考にしつつ、家にある材料で代用し足りないものは割愛したり。

イランのスパイスで、ググっても普通のところで普通には手に入らないようなものもありましたので、こういうのは地味に探して、見つかるご縁を求めつつ、ないままで作っておきます。

 

ポメグラネトモラセスとか、甘酸っぱいなんともいえない味わいがおかずに入るのが楽しく、クミンなどスパイス類をトーストして風味を出してゴリゴリとやるのも、料理していて楽しいひと時。

 

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スパイス類はついつい面倒な気がして、粉末になったやつをパパッと入れてしまいがちですが、タネ状のをトーストしてすりおろすと、トーストしているところから豊かな風味が立ち込め、スリスリとすりおろす段階でも香りに包まれて幸せになれます。

実際、これを食べる人より作ってる私の方が幸せな時間が長くて、ずるいくらいですよ。笑

 

 

外国人としては「ペルシャ」っていう方が伝統的な固有名称なのかなと思いますが、意外にも「イラン」という名称の方が彼らにとっては誇りを感じる国名なんですって。


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住めば都の話

 

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去年の今頃、裏庭のリンゴは結構豊作でしたねえ。

 

 

このブログを読んでくださってる方はとっくにご存知かとは思いますが、私が住んでいるのはカナダはケベック州の州都、花の都モントリオールでございます。

 

たまに日本から遊びにきてくれる友人や家族を、どこに連れて行けば喜ばれるかしらと考えると、結構困るんですけども、ガイドブックなどを見ると、それなりに見所があるように編集されているので、なるほどと参考にしながら。(でもこんなところわざわざ見に行って、面白いのかな、などと思って見たり。)

 

まあ住みやすさは観光ポイントとは関係ありませんが。 

 

 

住んでいる土地に慣れてしまうと、なんでも住んでいるその土地のやり方が普通というか、基準になってきますよね。

 

そうすると、私の場合は、日本に住んでいて日本が基準の両親や日本に住んでいる友人たちと会話すると色々とずれて来ることに気がつきます。

 

例えば医療システム。

アメリカ人の友人が日本に2年ほど住んでいたことがあり、彼女が病院にお世話になることがあったときのこと。

「日本の医療って信頼できるのかな、なんだか病院の中にあるものなどが古臭いし、見たこともないものがあったりするから、怖い」

と言われたことがあります。

その時は「なにを失礼な」と感じたものでしたが、逆に日本からこちらにやってきた人たちも理由は様々でしょうけれど、不安に感じたり「信用できるのかな」と思ったりするようですから、まあそういうことでしょうか。

 

私は大きな手術や比較的小さめなのを数回過去にやってるんですが、いずれも「日本に帰国して日本でやってもらおう」という発想は一切ありませんでした。

 

手術の前には医療チームから手術内容に関しての説明を受けるのですが、その際に色々と質問するときちんと答えてもらえますし、どの医師も信頼できると感じました。

ただ、医師はどなたもだいたい良いですが、医師のセクレタリーはだいたいどの人も態度がでかくて「なにを威張ってるんだろう」と思う人が多いようでしたが。

こういうのは誰もが感じるようで、rateyourdoctor.caみたいなサイトで医者の評判を比較すると、「医師はいい、でもセクレタリーが最悪」という書き込みがわんさかあるのでちょっと笑ってしまいます。

 

態度が最悪なサービス業の人たちと接するのも、慣れてしまうと、どうでもいいことになります。

そういう最悪な態度の人の部下で働かなきゃ行けないのならストレスですけれども、一緒に働く人たち同士は大概フレンドリーで、それこそお客よりも同僚の間の親睦の方が大事、、と言う。笑

 

日本のように、個人のクリニックに勝手に行って保険証を出して待ってればすぐに診てもらえるシステムと違って、ファミリードクターを見つけて、そのドクターを通して専門医に見てもらうなりなんなり、、というシステム自体は面倒臭いのですけれどもね。

しかもモントリオールは医者不足がものすごくって、ことによっては待ち時間が何ヶ月とかいうこともよく聞きます。

 

でもね、今回日本に帰国した時に、父が無事に退院すると喜んでいたら、母が「支払いがあるから保険の書類を出してこなきゃ」などと言っているのを聞いて「そうだっけ、日本はいちいち患者が支払いしなきゃ行けないんだったっけ」と。

 

病院の会計窓口に並んでクレジットカードを出したりしてる様子を見て、やあ、やっぱり異様だなあと感じましたよ。笑

 

おらが村のシステムでは、税金が高くて大変ですが、医療費は基本的に無料なのです。カナダの国民や政治家が医療は基本的人権と認識して、誰もが無料でサービスを得られるべきだ、と選択してきたおかげなのです。

同じような考え方で医療費が基本的に無料な国は他にもイギリス、フランス、スカンジナビア諸国などなどありますね。

 

交通機関はどうだ。

メトロのシステムは、東京や大阪など日本の大都市と比べるとかなり小規模でこじんまりしたわが町。

ラッシュアワーを過ぎると、10分に1本とか、ぐんと田舎っぽくなるんですけれども、まあ地下鉄があるだけ北米的にいえばマシです。

でもね、よく止まるんですよ。遅れるし。

東京なんかの1、2分おきにじゃんじゃん電車が来るのに慣れていると、最初はイライラするし、出勤の時にサービスが停止してしまうと本当に嫌になります。

が、それはそれ、職場に着いて「メトロが止まったから遅刻した、、」というと「あ、そう」と、それでおしまい。

東京のメトロやJRなどで停止したり遅延したりすると、証明書の紙片をくれたりしますよね。

こちらのメトロはしょっちゅう止まったり遅延したりするので、「今朝止まった」というだけで十分なのですよ。

だいたい同じ職場や学校に来る人たち、同じ目にあった人たちが他にもたくさんいますので、一人で必死にそれを証明する必要もないのです。

 

ただ、例えば仕事探しをしていて面接に出向くだとか、何か本当に遅刻ができない場面の場合は万が一メトロが止まったらどうやって目的地にたどり着くことができるかを調べておく必要はあります。

 

でもそれ以外は、なんというか、「絶対にこうでなければならない、ちょっとでも遅れたら許されない」ということはないというか、おおらかな社会なので大丈夫なのですよ。

 

大雑把、いい加減、出来が悪い?

日本に帰省していた時にちらりと目にしたテレビの番組。

そこでは、いかに日本製の製品が優れていて、同じものが別の国ではいかにずさんなものか、そして、外国の製造業の方が日本で製造される同じ種類の製品を見て感動するか、、、というような話が繰り広げられていました。

「わー、日本ってやっぱりすごいんだ〜」って。笑

 

苦笑いしつつ私はテレビを消しましたけども。

 

日本の製品は細やかなことに気を配っていて優秀だ、というのは基本的には嘘じゃないですけれど、「そこまでお節介じゃなくても、、」とか「そこまで過保護にせんでも、、、」という商品もあります。こちらの人たちはそこまで細かいことを気にしてないから、こちらではあんまり必要とされないよ、というものもあります。

素晴らしいと思うものもありますけど。

 

あと、日本でもらったポケットティッシュを使おうとプラスティックの包みの真ん中のミシン目を破ってティッシュを掴んで引っ張ったら破れてしまったりね。笑

こちらで売られている無骨なティッシュは分厚いし丈夫なので指で引っ張ったくらいじゃ破れませんよ。

多分、日本の方々はやんわりとひっぱる人が多くって、こちらの人たちはううんっ!とひっぱる人が多い、という、そういう動きの違いもあるのかなあと思います。

だから、日本のものが全て素晴らしいとは言い切れません。

 

他人への思いやり

日本は思いやりとかおもてなしとか、他者への優しさが自慢な国とされてますね。

でも、北米も、他者への思いやりとか、弱者をいたわるべきだとか、そういう考え方がかなり普及しているところだと私は思います。

 

日本ではお客さんとか、会社のお得意さんとか、身内ではない人たちへの敬意の表し方がものすごいですよね。

お客様は神様だ、とか。笑

 

でも、身内とか、部下とか後輩とか、そういう自分に近くて、一緒に働いたりする人たちへの思いやりの部分がちょっと希薄な印象があります。

 

もちろん個人差はありますけれども、会社なんかで部下や後輩を「育てる」と言いつつ、えらいぞんざいな口の聞き方をしている人たちって、結構珍しくないんではないでしょうか。

実際、帰省した時に街中の喫茶店なんかで近くの席に座ったサラリーマンが、後輩らしき人をジメジメしつこく意地悪に攻め立てて「お前どうなんだよ一体、どういうことだよ」なんて問い詰めてるのを聞いたことがありますし、居酒屋で私と夫のテーブルを新人さんが担当してくれたら、先輩らしき人がめちゃくちゃ怖い指導をしていて(でも私たちには笑顔で)私たちが注文した品が一つ届いてなかっただけで「ご迷惑をおかけしてるだろぅ、あやまレェェェ!」なんて舌を巻いてヤクザのチンピラみたいな態度をとってるのを見てげんなりした覚えもあります。

 

そういうのは一部分で、全体としてはそういうことはあまりないんだろう、、、と思いたいですが、でも実際にそこまでひどい態度をとる先輩や上司がいないとしても、やっぱり上下関係って厳しいですよね。

 

そういう秩序を保つことで、お客さんを満足させるサービスを維持し続けられるのだ、とか、お客を満足させる製品を作り続けるのだ、とか、そういうことなのでしょうけれど、私個人としてはそういうストレスを経て提供されるサービスや製品は、なんだか涙と汗と血の匂いがするような気がするので、ご遠慮したい。

こういうことを言う人は日本では多分甘い、とか言われるんでしょうけど。

まあそれはそれで構いません。

上下関係とか先輩後輩とか言う感覚が希薄で、品質管理が若干抜けてて、それでも割とみんなが温和に過ごせている社会の方が、私には合ってるなあと思うのですよ。

 

バブルがはじけて経済スランプがすでに20年以上の日本ですが、経済大国になる必要よりも、国内のみんなが幸せで満ち足りている社会を目指す方が大事なんじゃないの、と思います。

 

癒し、とか、ほっこり、とか、私が住んでいた頃にはそれほど聞かれなかった表現がやたらと多用されている今の日本、癒しやほっこりが必要とされているからこそではないのかな、と思うのです。 

 

肩の力を抜いて、完璧主義を捨てれば、癒しもほっこりもすぐそこにあると私は思うのですが、如何なものか。


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伴侶と自分の食への姿勢の違い

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写真は、実るほど頭を垂れるライ麦でございます。義母がまだ元気な頃、彼女の自宅の裏のライ麦畑にて撮影

 

先日、ヴィーガンになって3周年ということで、自分の生活を振り返って思ったことを書きました。

 


 

 

で、夫婦の間で食の好みが違うことがどこまで重大か、という点について、「そんなに大したことじゃないと思う」と書きました。

 

が、その後で、いつも楽しく拝見させていただいているブログ、「梨の木日記」を読んでいましたら、梨の木さんが「旅先でバターやクリームをたくさん使った伝統的なフランス料理を続けて食べることになり、体が辛かった」というご経験から、「一緒に暮らすパートナーがもしもこういう食事をいつも食べていたい人だったら一緒にいるのが耐えられなくなったかもしれない」とおっしゃっていたのですよ。

 

はた、そうか、そういう考え方には及ばなかったけれど、、、確かにそうかも。

 

うちの夫は私に合わせつつも自分用にチーズを買ってきたり、外食では肉を食べたりして適当に自分の肉や乳製品への欲求を満足させていて、不満を言うこともないですから、そのおかげですっかり「全然問題じゃないわー」と甘く見てましたね。

 

もしも夫が、「朝も昼も晩もチーズやクリーム、バター、肉、たっぷりでどっしり食べたい」

という欲求が強い人だったら、私がヴィーガンの食事を作る横でバターを溶かして肉をムンムン匂わせて調理していたり、冷蔵庫の中には豆乳の隣に牛乳、豆腐の隣に卵が並び、庫内がぎゅうぎゅう詰めになっていたのかも。(家族の食事を一気にお世話するお母さん的存在だとしたら、パートナーの分と自分の分両方作ることになるから、それまた大変そうです。)

 

そう考えると、好みの違いは、違いそのものが問題ではなくて、どこらへんまで相手との違いを妥協できるのか、ということなのかもしれません。

 

私も別に、いつもいつも自分のやりたいことを夫に押し付けてるみたいですけど、そうじゃないんですよ!(と書いておかなきゃ。笑)

 

彼の誕生日のバーベキューにはオーガニック肉屋でステーキを買ってきましたし。(せめてファクトリー・ファーミングじゃない肉で、という意図です。)

でもそれほど「わーい肉だ!」という反応もなかったなあ。(食にこだわりがないせいか)

 

そして夫は外食が好きな人なのです。

外食で育ったから外食が好き、という人もいますけど、彼の場合はそうではなくて、子供の頃は外食が一切なくて、家族でレストランで何かを食べたという思い出なんかは一切ない人です。

子供の頃に「たべるということ」に想いを馳せること自体を罪だと考えていた両親の「質素に、食べ物はなんでもありがたく食べて文句を言わない」という考え方のおかげで、「おいしいもの」を食べることなく育った(って言っても想像がつかない人の方が多いと思いますが)反動で、大学以降、外食やら出来合いやら出前やらという「世間で普通に人々が楽しんでいる」食べものにトライすることを楽しめるようになって以降、こういう「ジャンク」系や外食系が、なんというか、自由の味になったようです。

 

あんまり子供に厳しくすると、反動でこういうことになるんだぞー、とも言えますが、ジャンクフードや外食に接することなく子供を育てることで、子供が安物の出来合いの味を受け付けないように育つ例もありますから、なんとも言い切れませんけれどね。

 

まあわが夫はそういうわけで、体に悪いと言われていても、ピザやチキンウィング、ホットドッグやハンバーガーは大好きです。

所詮は北米人ですしね。

 

でも、そういう食事を毎食しているわけでは決してなく、いつもはうちで作った食事を食べているので、最近は外食や出前でジャンクなものを食べると「塩辛い」「油っぽい」「値段は高いのになんだか味もしょぼいし、なんなんだ、昔はもっと満足のいくものがあったのに」と愚痴っています。

 

単に舌がジャンクフードよりも家で作るちゃんとした食べ物の味に慣れただけだろうと思うのですが。(昔は自由の喜びのあまり、不味さを感じる余裕がなかっただけなのではないかと。。)

 

いずれにせよ、食文化が豊かな地域や料理上手なお母さんの元で育ったわけではない、というか、そういう文化不在のところで育った夫は、基本的には食へのこだわりがありません。

食べるときにはちゃんと食べますけれど、朝や昼(はお互いに好き勝手に食べています)を食べるのをうっかり忘れている日も結構あります。(どうやったら忘れていられるのかと私は理解に苦しみます。)

 

だから、食いしん坊で食べることばっかり考えてる私に付き合ってあげても大丈夫なんでしょう。

 

そういう次第で、こんな伴侶を得て、ヴィーガンしたい放題でいられる私は幸せですかね。 

 

 あ、でもね、旅先で「この店に行きたい!」と調査してそこへ赴く私に付き合いつつ「食べ物のためだけにこんな努力してこんな街のこんな店に連れてこられるなんて」と美味しいものを口にする直前まで文句たらたら言われたりはしてるんですよ。

 

 

考えてみたら、濃い食事を付き合わされるのも辛いが、納豆やオクラ、ヌルヌルの海藻サラダなどを付き合わされれば夫もさぞ辛かろう。そういう難易度の高い食は私一人で楽しんでいる理由は何しろ夫婦安泰というわけで、決して独り占めしているわけにあらず。。。笑


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チョコレートカヴァード・クランベリー

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400グラムくらいのクランベリー、これが、、、、

 

 

ずいぶん前に行って来たクランベリー・ピッキングですが、

うちにはまだ、あの時のクランベリーがたくさん残っていまして、

マフィンもクランベリーソースも飽きたので、今日はチョコレートでクランベリーをぐるっとコーティングしてしまうだけ、という簡単なお菓子を作りましたよ。

 

チョコレートカヴァード・アーモンドとか、チョコレートカヴァード・ストロベリーとかありますけれど、クランベリーも美味しいのです。

いや、クランベリーが実は最高なんではないかと。

何せあの酸っぱさ、強烈な酸っぱさが、チョコレートに包まれることで絶妙なバランスを得て、酸っぱい果物が好きな人ならこれ以上ないほどの美味しさを楽しめるのです。

 

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超低温でじっくり溶けていくチョコレート、、これと合わさって、、、、

 

 

さっさとこれを作ってればよかったですけどねえ

なんとなく、チョコレートを使うお菓子って面倒臭いという思い込みがあって、今まで作りませんでしたが、そろそろ冷蔵庫に入れてあるクランベリーは使い尽くしてしまいたかったので、重い腰をあげて作りましたよ。

 

作り方は、実はとっても簡単です。

 

クランベリーの重さと同じ重さのチョコレート(製菓用のものがいいと思いますが、なければ、あまり混ざり気のないチョコレートならいいんじゃないでしょうか、、、)と、脂肪分(私はココナッツオイル使用)を10%から25%くらい。

 

チョコレートを油脂と一緒に低温でとかしまして、クランベリーをドボっとつけてはあげ、つけてはあげ、並べて置いて、冷蔵庫で冷やし固めて出来上がり。

 

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こうなります。。。。冷蔵庫に入れて冷やして固めます。

 

 

 

私はココナッツオイルを使ったので、気温が24度以上になると液体になるオイルですので、(チョコレートは27度でしたっけ)あんまり暖かいところに持っていくと溶けてしまいます。

いちごなら一つづつチョコレートにつけてあげて、、、という作業をしても一粒一粒が大きいのでそれほど苦にならないでしょうけれど、クランベリーの場合はかなり小粒ですので、ドボドボっと溶けたチョコレートの中に全て入れてしまい、スプーンですくい上げ、余分なチョコレートを落としてからワックスペーパーまたはシルパットの上にあげていきます。本当はシルパットの上だけで済ませたかったのですが、大量にあるクランベリー、一枚だけ持ってるシルパットでは足りませんでしたので、ワックスペーパーを使用しました。

 

チョコレートが余ったら、オレンジピールにつけてみたり。

昔、クリスマスのストッキングに「チョコレートカヴァード・レーズン」をいただいたんですけど、あれはダメでしたね。チョコレート(しかもミルクチョコレート系で甘かった)の中にさらに糖分の塊なレーズンが入ってるって、、、。さすがの夫もあんまり食べませんでした。

 

 

 チョコレートは長持ちしますけれど、中は生物なので、さっさと食べ尽くしましょう。


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あったかミトン・古いセーターのアップサイクル

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秋がぐんぐん深まってきましたね。

そろそろ冬支度も進めなければいけない時期になってきました。

我が家の場合、畑を片付け、庭の蛇口への水を止め(水があると凍って水道管が破裂するため)庭に置いてある様々な小物やBBQなどを倉庫へしまい、落ち葉を掃除し、雨どいに溜まった落ち葉や土などを掃除し、、、などなどします。

 

あとは、自転車通勤からメトロ通勤に切り替えるので、自転車をメンテナンスして片付け、徒歩&メトロ用の冬の装い(ヘルメットの下にかぶるピッチピチの帽子&耳カバーではなくて、人目に触れても格好いい帽子にするとか。笑)にしたり。

 

今週は金曜に気温がぐっと下がるという予報ですので、冬のジャケットも出しておいたほうがいいですね。

そして、冬用の手袋をどうにかしなくちゃ、、、。

実は私、ちゃんとした冬用の手袋なしで10年以上過ごしています。

日本に持っていくと友人たちに笑われる、「伸びる手袋」で毎年ごまかしているのです。(でもなぜ友人たちは笑うのだ、それがどうしても理解できませぬ。)

だって、ポケットに手を突っ込んで歩いてればなんとかなりますから。

伸びる手袋は優秀なんですよ、靴下みたいに、脱いだあとくるっとまとめてポケットに入れておけば滅多なことでは無くなりませんから。 

 

でもね、そうは言っても、マイナス20度以下の気温で、手を出して何かする場面になると、やっぱり伸びる手袋だけだとちょっと肌が痛くなります。

 

毎年毎年「ああ、今年こそはちゃんとしたのを」と思うんですけど、何しろ買い物が大嫌いなもので。笑 (手袋ってどこに行けば買えるの?店に入らなきゃ行けないの?というレベルなのです。)

 

 

そんな私の目の前に、今日、仕事でテーブルを出していたコミュニティーのリソース・フェアで、女性のシェルター、Chez Dorisの皆さんが販売していた手作りのミトンたちが飛び込んできましたよ! (Chez Doris とは、フランス語でDorisさんち、というほどの意味です。シェ・ドリス、と発音します。)

 

仕事中だったので販売中のテーブルの写真は撮り損ねましたが、シェルターにやってくる女性たちの自立や他の人たちとの交流を経て心を癒すこと、そして不要になった古いセーターの再利用を目的として、手袋作りが行われているんだそうで、その作品を販売なさっていたのですよ。

 

私が座っていたテーブルと、部屋を隔ててちょうど向かい側にあったそのテーブル、そこに並んでいた色とりどりのミトンはどれも可愛らしくて。

 

ちょっと同僚にカバーしてもらって、Chez Dorisのテーブルへ赴き、早速Chez Dorisの活動内容などを質問しながら、世間話をしながら、同じデザインは二つと無い手作りミトンを吟味しました。

 

本当は一番気に入っていたものが別にあったんですが、それはエクストラ・ラージだったので諦め、あれもいいしこれもいい、という中で上の写真のを選びました。

 

ミトンの外側は古くなったセーター、フリースの生地が裏地にしてあるので、見た目よりもちゃんと暖かいのです。

 

古いセーターは生まれ変わるし、シェルターにくる女性たちは楽しんでクラフトに参加したりこういう技術を身につけたりできるし、その上参加したら一回につき5ドルもらえるそうなので、ちょっとしたお小遣いにはなりますよね。このミトンを買うことはそういう活動をサポートするという意味でも有効です。(私も大嫌いな買い物に出かけなくてすみました!笑)

まさに、Win win winシチュエーションです。

 

Chez Dorisの活動についてはこちらをどうぞ

http://www.chezdoris.org

 

私も、家にある古いセーターなど、サルベーション・アーミーに寄付するにはちょっと、、、というようなものをこういう風に使うのもいいなあ、とアイデアをいただき、それもありがたい。

 

本当はミトン、自分で編めばいいんですけれど、ほら、昔五本指の手袋を片手だけ作って放置したこともありますし、なかなかね、、。

 

さて、古いセーターなどのアップサイクル、のあさんのブログじゃないですけれど、私もちょっと過去にやったことがありましたよ。

ついでですので写真を撮ってみました。

 

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今日買ったミトンと、昔作った古セーター利用クッション。(ミトンに比べると想像力が乏しいんですけど)

その背景にあるのは、紳士服のサンプル生地を長方形に繋げて作ったキルトの毛布(うちのカウチのカバーです)なのです。アップサイクルづくしでしょ。

 

セーターのクッションは、この写真ではセーターですよ、とお見せするためにあえてこういう風においてありますが、普段は「襟首が上にあると、一瞬首なし人間がそこにいるみたいに見えてギョッとするので、首の部分を見せないでほしい」というビビリな夫のリクエストに応えるべく、裏向きにしておいてあります。

 

 

もともとケチなので無駄は嫌い。断捨離と言って捨てるよりも再利用したいと感じるのです。寄付もありですよね。


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3周年記念・ヴィーガンと人間関係

先週の日曜日、北米も時計を1時間遅らせて夏時間が終了しました。

ふと気がつくと、もう十一月初旬です。

 

 

考えてみると、2014年の八月下旬か九月初旬から始めたヴィーガンというライフスタイルも、まる3年が経ち、晴れて4年目に突入していました。

あらあらあっという間でしたねえ。

 

ということで、3年間ヴィーガン生活をした今、どんな感じか途中経過を報告してみようかなと思います。

 

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自分のこと

健康状態はいたって良好です。

たま〜に風邪はひきますが、仕事上不特定多数の人々と常に至近距離で接しますので、もうしょうがないことなのかなと思っています。

 

風邪以外で言えば、カルシウムとか鉄分とかビタミンB12とか、そこらへんも大丈夫です。ビタミン剤などで補強してるのはビタミンB12のみです。

 

ふと「肉が、、魚が、、、卵が、、チーズが、、、、」と思うことはあるかどうか、、と言えば、まるきりそういう欲求は湧いて来ませんね。

「チーズや卵くらい食べるヴェジタリアンであれば、レストラン探しは楽だろうになあ」と思うことはたまにありますけど、それくらいです。

日本で刺身を食べてる人の隣に座って食事していても、食べたいと感じることはありませんでしたし、フランスからチーズを買って帰って来た兄が食卓においしそうなチーズを各種並べたのをみたときにも別になんとも思いませんでした。

 

却って、たまにちょっと食べちゃってる人の方がきっと、味を覚えているから誘惑の魔力が強いのではないかなとも思います。

 

ヴィーガンになったけど急に痩せたりしはせず。

これはひょっとしたら、私がお酒類が好きなせいかもしれませんね。

痩せたくてヴィーガンになったわけでもないので、そこらへんは追求しません。笑

 

周囲との関係について

食事は社会的イヴェントでもありますから、私がヴィーガンになったせいで、家族や友人知人は大いに影響を受けています。

 

理解のある周囲のみんなに大感謝でございます。

 

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特に、人間関係で言えば近い人ほど理解があり、私に付き合ってくれる度合いも大きいのはありがたいこっちゃ。

夫は家で食べるぶんは9割以上ヴィーガンですからね。

彼のチーズは冷蔵庫によく置いてありますけれど、パテとかハムとか、そういうコールドカット類は徐々に姿を消しましたねえ。

 

夫は、肉や魚を食べないと言うこと自体は全く問題ないのですけれど、面倒臭いことを嫌うので、外出した折に「お腹減ったね、じゃあこの店に入ってご飯食べよう」と言いう流れになった時に、その場に居合わせた人たちが好みが合わなくてああだこうだ、その中の一人が特殊なダイエットをしてるからここは無理だのなんだの、と言う、そう言う展開になるのを嫌う人です。

 

まあ私も面倒臭いのは嫌な方なので、気持ちは同じですけれど。

 

なので、夫と外出先でご飯を食べることになった場合は、ささっと簡単に決められる状況に持っていけるように、選択肢を見つけておくのがミソ。

 

と言うことで、オンタリオの義母のところへ行くたびに、田舎の外食オプションを予習してあれこれ対策を考えておいたりはしました。

 

思いもよらない片田舎にヴィーガンの店を見つけた時は、驚きましたがここぞとばかりに通いましたね。

 

自分の都合でヴィーガンの店へ、、と持って行きにくい場面(一緒に行動している義妹が肉好きだったり)にも対応できるように、オーソドックスな北米レストランでどう注文すればヴィーガナイズしやすいものを店の人にも嫌がられずに注文できるか、と言う工夫も色々と。

 

先日、どなたかのブログで、結婚相手を見つけるときには、食事の好みが似ている相手がいいよ、と言う内容の記事をお見かけしました。

それはそうですよね、食事って毎日のことですから。

だから、いちいち食べたいものが違う、好みが違う相手と一緒だと、分けあって同じものに舌鼓を打つわけにはいかないから、面倒だろうと言うのは同感です。

でもね、夫はヴィーガンじゃないですけれど、私に合わせてくれています。

生活の全てのことについて価値観が違う二人だったら、食事までも全く違って、しかも一人がヴィーガンに転向した、、、となると、もう一緒に居られません、って思うかもしれません。

けれど、基本的な価値観が似ていたり、お互いの思考を話し合う習慣があるならば、食事の好みが違うくらい乗り越えられるんじゃないのかな、と私は思いますね。

例えば、夫が肉を食べたいときに私が肉を否定したら夫も嫌だろうと思うますし、ヴィーガンで通したい私に夫がチーズオムレツを無理矢理食べさせようとしたら、それはちょっと無理ですけれど、お互いの好みや選択を尊重しあえるなら、だいじょうぶですよ。

 

ヴィーガンの友人とそのパートナーも、パートナーは肉も食べたい時は食べる人ですが、家で友人が作ったものを食べる時は全く問題なくヴィーガンです。

子供の頃から家族付き合いのあるご夫婦に至っては、旦那さんが魚大嫌い、奥さんが肉大嫌い、二人とも野菜は好きじゃない、ですが二人とも外食大好きで、それでずっと仲良しの家族です。(ちなみにその二人の娘さんはなんでも美味しく食べる人に育ってます。)

 

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日本に帰国して、実の家族と一緒に食事をする時の方が実はちょっと気を使います。

やっぱり日本はヴェジという選択肢があんまり普及していない文化圏だと感じます。

私の友人で、若い頃にヴェジタリアンだった子がいるのですが、20年以上前にその彼女がうちに泊まりがけで遊びに来た時が我が母が初めて「肉を食べさせないように」「魚はどうなの?いいの?」「卵は?」「ああ、チーズは好きなのね、あら、じゃあチーズ買ってこなきゃ」などと大慌てしてヴェジタリアンも食べられる食卓を整えた場面だったと思います。

 

そのお友達のおかげで母はヴェジタリアンに対応するのはかなり慣れてくれましたけれど、私が「卵もダメ、魚もだめ、出汁でいりこを使うのもダメ」というのにはやっぱりかなり不便だと感じたようでした。

 

私も気を使わせたくなかったので、日本滞在中は出汁などは私が取っておいて、母にはそれを使ってもらったり、普段と違う和食は私が作ったり、私が普段食べているものを作ってみて新しい物好きの母にも楽しんでもらいました。

 

父の減塩というチャレンジが加わることになり、私のヴィーガンへの対応と一緒にこれはストレスがすごくないかな、と心配しましたが、実際は私自身も食事の支度を手伝っていたし、問題にはなりませんでした。

 

将来のアドヴェンチャーについて

ヴィーガンになってから訪れたことのない「多分ヴィーガンは辛そう」な国といえば、フランス、スペイン、ポルトガル、モンゴル、韓国、、などでしょうか。

 

先日一緒にスクアッシュを採りに行った友人はパリにお住まいなのですが、彼女いわく、フランスでも最近はかなりヴェジタリアンのお店が増えているといいます。

なるほど、じゃあフランスでも外食難民にはならなくて済むかなあ?

ドイツもかなりヴィーガンが広まってるみたいな感じですよね。

 

食事は旅先での楽しみの一つですから、世界中にどんどんヴィーガニズムが広まってくれるといいなあと切に願います。

私がヴィーガンになる数年前に比べ、今は本当にヴィーガンが普及している西欧各国ですから、今後もその勢いで頑張ってもらいたいものですよ。

 

 

ヴィーガンだって、楽しいことはどんどん楽しんで生きていくのです。


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