食いしん坊、北米でヴィーガンになる

北米で植物性食品を食べて強く生きる記録

お弁当・Bento Box・ご馳走弁当

今週のお題「お弁当」

 

今週のお題、ひさーしぶりに投稿してみます。

 

f:id:casse-pied:20210428022544p:plain

その名もBento Sushiと言う出来合い寿司の店(写真はサイトから)


 

北米のBento Box

お弁当という日本語は、「旨味」「ラーメン」「枝豆」「ゆず」などとともに英語圏でも最近は結構広く知られている料理用語です。

でもこれがランチに持参する昼ごはんのことだという認識は多分ないので、私が職場に持っていく「前日の残りものが入ってるタッパ」のことはお弁当だとは認識されないというか、これをみて「きゃすぴえの今日の弁当は中身はなあに?」という聞かれ方はしません。

 

とはいえ、スーパーなどの出来合いの食品コーナーなどに並んでいる寿司やら春巻きやらの出来合いのパッケージの脇に「Bento Box」というラベルが貼り付けられて並んでいる食べ物がいわゆる日本の人が認識する弁当っぽいかといえば、それも曖昧で、巻き寿司の隣に並べるんだから、なんとなくBento Boxって呼べば売れるかも、という意図を感じます。

 

箱に入っていれば弁当と名乗ってもよかろう、みたいな。

 

 

でも本来なら、どこかへ持参するご飯としてパッケージしてあれば、保温ジャーに入れていたってラップで包んであったって、弁当だ、と私は思っています。

だから、その売り場に並んでる一人分の一食分の食べ物(ケーキとかじゃなくてランチとか夕飯になるもので)はぶっちゃけ全部弁当って言えるはず、、、、と。

 

 

違うかな?

自分の日本語の認識が日本にいて日本語を話して暮らしている人たちの認識と今でも同じなのかどうか、不安に感じることも結構あるのですが。

 

 

 

私のご馳走弁当

定義はさておき、私の弁当人生は多分よくありがちな

 

子供時代は運動会や遠足の時にお母さんが卵焼きやタコさんウィンナーを入れてくれて大喜びして食べたもの。

日常は学校給食で、毎日お弁当という学校があったらそこへ転校したいと思っていました。

何せ牛乳が毎日出てきて、週に一度のご飯の日(他の日はいつも食パンかコッペパン)まで牛乳が一緒とか、パンなのにおかずがひじきとか、もう食べる喜びなんてことは栄養士の概念にはないというメニューでした。

中学くらいになると、部活で週末に弁当を食べることも増え、小さな子供の弁当ではないゆえ母の頑張りも力尽きたのか、おかずに手抜きスタイルが頻出。

 

高校は毎日弁当だったので、もう母はやってられん、と感じているのが伝わってくるような。

多分残り物のおかずと、ご飯のお供的なものと、たまに時間に余裕があったらもう一品、という感じだったと思います。

 

でもね、今の自分に子供がいて、毎日弁当だ、って言われたらきっと母と同じことしますよ。

残り物で何がいけないの、と思いますもん。

 

 

 

クラスで一緒にお弁当を食べる仲間の一人に「お母さんが専業主婦で食事作りが趣味」という感じの人がいて、毎日すごく豪華な弁当を持ってきてることに気がついたのもこの頃。

 

「わー、Oちゃんのお弁当いつもすごいね〜、それ何?」

という感じで毎日Oちゃんの弁当アイテムの解説が始まります。

「これはね、肉をまずマリネ液に一晩つけておいて、それからあれこれして、そしてフライパンでじゃじゃっと表面を焼いて、それから**時間煮込むから、ものすごく柔らかく煮えるんだよ」「下拵えをきちんとしない手抜きの料理じゃあこんなのは作れないのよ」と。

我が母とは時間もエネルギーも桁違いにかけていらっしゃるお母様。

 

すごいなー、と思う反面、うちの母にはそれは期待しない、というよりやってくれなんてこれっぽっちも思わないな、だって母は毎日仕事してるんだし、そんな暇ないわ、と強く感じたのを覚えています。

 

弁当だけ解説するとまるで手抜きで料理嫌いで娘に愛情を感じない荒っぽい母親かと思わせてしまいそうなんですけれども、母は毎日フルタイムで仕事に行ってましたから、日々の家事は夕飯の支度で手一杯、それでも朝には味噌汁とか作ってましたから、高校生にもなればやはり「こんなに働いてる母親にもっと家事しろだなんて言えるわけがない」というくらいのことはわかりましたからね。

もちろん朝晩皿洗いとか、帰宅後ご飯を研いでおくとか、ちょっとした手伝いはしてましたけど、、(と偉そうに書きましたが実際はやらされてると感じていた親不孝者。)

 

 

母の料理は美味しかったんですよ。

夕ご飯はちゃんと作ってくれてましたから毎日楽しみでしたし、弁当だって、その残り物が入ってるから美味しかったですし。

ただ、弁当のために工夫して彩を、とか飾り切り、とかそういうのは限度があります。

毎日「ああ今日も彩が悪いね〜ごめんね〜」とよく言われてました。

私の好物は渋い煮物系が主だったので、どうしてもぱっと見は渋い色合いになりますしね。

 

 

10歳くらいの頃、誕生日に何が食べたいか、と母に聞かれた時、「オカラの炊いたん、昆布巻き、五目豆、ぶり大根、、、」などと思いつくまま伝えていたら、涙目になりつつ笑い出した母。

 

「きゃすぴえの好物は地味だねえ、もっとご馳走でもいいんだよ、誕生日だよ。」

 

ご馳走ってのは多分、ハンバーグなど洋物で子供が喜ぶメニューとか、もしくは寿司などでしょうか。

私はあんまり肉が好きではなかったし、寿司も、子供の頃はなぜ世間では寿司をそんなに喜ぶのかわからなかったんですよね。

刺身はいいけど、寿司はあの酢飯がどうもね。

うちはご馳走といえば水餃子だったし。

でも水餃子は兄の誕生日のメニューだったし。

 

 

もういい大人な私に対して母はたまに「あの頃もっとああしてやれば良かったね〜、ごめんね〜」などと言います。

兄と同居している両親、兄の子供たちがまだ小さい頃は子守役で家での食事はしょっちゅう作ってあげてた我が母ですが、最近の子供の子育てを任されたせいで「昔とはかなり違うのよね、今考えるとだめなことばっかりだったね」などと比較しているようで。

 

 

今時の子供達の中に当時の私が当時の弁当持参で紛れ込んだらかなり浮いてかなり孤独感を感じるんでしょうか。

 

 

 

今時のお母さんたちは大変だし、子供たちも大変そうですね。

 

 

 

 

美味しければ良いのです。


ヴィーガン ブログランキングへ