目に麗しい秋の色
せっかくの三連休だから、足を伸ばして田舎にハイキングに行こうと思っていましたが、体調のこともあり今週はおとなしく近所の森を散策する程度にしておきました。
とはいえ、体調回復できたのが一番嬉しい。
近所でも何でも喜んで歩きましたよ。
サンクスギヴィングの週末ですので、田舎の森の中は散歩に出てきた家族連れとかカップルとかお友達グループとかで結構賑わいました。
が、先週のマウント・ロイヤルに比べたら森の中の人口密度はかなり低め。
が、パンデミック前だったらここまで人出はなかったなあ、とやっぱり思います。
パンデミックでショッピングモールが閉鎖されたりて以来、グレート・アウトドアを見つけた人たちがこんなにいるんだなあ、良いことじゃ、と思えれば良いですが、何というか、自然の中にいても四六時中やいやい喚き立てて(おしゃべりして)いるグループなどを見ると、あああ、もうちょっと静かに自然を愛でつつゆったり過ごしてくれないもんかいな、と思ったりはします。
でもまあ、こういう地味な公園を楽しむ人口が増えれば、公園を潰して商業地区開発計画、とか、そういった無茶苦茶な都市計画を無理やり進められる危険は減るかな。
自然の中をゆったり歩いて過ごせば、やっぱり気持ちは落ち着くしさっぱり清々しい気持ちになるし、良いこと尽くし。
日本語の「森林浴」というのが昨今北米にも知られてきてる模様で、「日本語でこういうんでしょ?日本では一般的なセラピーなの?」なんて聞かれたりするようになりました。
えーっと、そうだったんですか?
言葉は聞いた記憶がありますが、それが一体なんなのか、よくは知らんなあ。
森に行くと気持ちがスッキリするし、良いよねえ、と、そういうレベルの話じゃないんでしょうかね?
日本で森林へ行って気持ちをリフレッシュするという行為をする人々の数やその頻度と、カナダでそれをする人々の数とその頻度を比較すると、多分圧倒的にカナダの方が多いような気がするので、日本の「伝統的な」森林浴という「知恵」を、、とかこっちの人に言われると、何だか詐欺師の手先になったような気分になる、というのが正直な気持ち。
欧米では日本人は自然に結びついてて落ち着いてて優しくて他者に敬意を持ってて素敵な人たち、って思われがちなんですけど、日本のメディアを見てると、そんな仙人みたいな人たちじゃないよなあ、、、、自分が育って生活していた記憶を辿っても、違いより共通点の方が多かったような気がするし。
現代人っていうものは、洋の東西を問わず、都市部にいてこういう仕事してればこんな感じだし、田舎にいてこんな生活してればこんな感じだし、、、いや、現代人に限らず、、人間の素晴らしさや愚かさって洋の東西を問わず、どこでも大体似たようなものだ、と、私は思います。
美しい自然を愛でることができて、親しい友人や夫と一緒に休日を過ごすことができて、知らない人たちとはいえ幸せそうな人たちが同じ空間で美しい自然を愛でているのを身近に感じられて、これはとっても幸せで感謝すべき時間だなあ、と思ったことでした。