食いしん坊、北米でヴィーガンになる

北米で植物性食品を食べて強く生きる記録

オッペンハイマー観ました・今秋初のヴィーガンなべ

今秋の初鍋は9月22日でした

朝晩涼しくなってきたので、金曜の夕飯は鍋にしました。

久しぶりだった上急遽決めたので、あれれー、いつも何入れてたっけ?と入れる具についてのコンセプトが固まらず。

この日入れた具:

  • 白菜
  • リーク
  • 豆腐
  • 乾燥湯葉結び(小さくてすぐ戻るので)
  • 生椎茸
  • しめじたっぷり(二パック)
  • オイスターマッシュルームたっぷり
  • 春雨
  • 昆布&リークだしでいただきました。

翌日「春菊と糸蒟蒻入れ忘れた!」と気がつき次の日は春菊と糸蒟蒻追加で。

 

 

映画オッペンハイマーの個人的感想です

www.oppenheimermovie.ca

公開から二ヶ月経ちましたが、先日観てきました。

火曜日は映画料金半額。

それなのにお客さんは我々三人の他にはカップルが二組だけ。

 

映画館はよくこれで潰れないでいられるもんだ。

クリストファー・ノーラン監督作品で、3時間くらいの長い映画です。

仕事が終わってから早めに夕食を食べて映画館に赴き、上映後には11時近くなってるから、ひょっとして寝ちゃったらどうしようと不安でした。

 

 

 

が、寝るなんてとんでもない、眠気すら感じなかった。

そりゃあそうか。

 

ノーラン監督作品見て寝る人はあんまりいないかな。

 

3時間という長さを感じることなく、、

いやいや、感じましたけど、お尻と腰が。

座る姿勢を色々変えましたが、長距離フライトで足腰がムクんでくるのと似たような感覚。

 

 

 

ノーラン監督作品には親しみがないのですけれど、フラッシュバックというか時系列が入り乱れる作風で知られてる方なんですよね。

 

この作品も、学生時代、マンハッタンプロジェクトの頃、1954年の人事保安委員会の非公開公聴会、ジョンソン大統領のホワイトハウス、他にもアインシュタインと池の辺りで言葉を交わした場面、などなど、異なる時間を行ったり来たりします。

 

三時間と言う長さを感じさせない展開、、、でもちょっと頭が疲れた。

慣れていれば平気なのかな。

 

 

第二次世界大戦当時から1950年代くらいまでの物理学者やアメリカの軍人、政治家などといった人たちは圧倒的に白人男性の集団ですから、どうしても登場人物も白人男性ばかりがゾロゾロ。

 

妻や愛人、秘書で記録つけてる役の人くらいしか女性を登場させられないであろう中、ロスアラモスに実験関係者の家族なども総動員しているとか、講義を聞いている学生の中とかにあえて女性を配置してなるべく白人男性だけではないように、という配慮はきっと大変だったろうと思わずにはいられません。

 

50年くらい前に作られていたら白人男性100人くらいに女性キャラクター1人とか、そんな作品になったりして。

 

 

日本人から見れば白人ばかりに見える物理学者の集まりですが、白人という大まかな括りの中では実はユダヤ系、北欧、ドイツやオランダ系、ロシアなどのスラブ系、などとそれなりに「多様」な集まりではあったわけですけど。

 

そういえば子供の頃、ホロコーストの歴史の本を読みながら、なぜユダヤ人がドイツ人やオランダ人から識別されうるのかわからなくて、不思議だった記憶があります。

 

苗字とか服装や食べ物その他の生活習慣とか見た目とか、今ならわかりますけれど。

 

 

オッペンハイマーは物理学者ですが、マンハッタン・プロジェクトではプロジェクト・マネジャーみたいな役割が大きくて、彼のリーダーシップについていけない人たちや成功を妬む人たちからの反発やらなんやかやと、そこから50年代のマッカーシー時代に災いをもたらす色々な経緯などが話を動かしていきます。

 

 

伝記映画ジャンルで科学者が主人公になってるものは最近では Alan Turing の(彼も戦争に貢献してますね)The Imitation Game、 Stephen Hawking のThe Thery of Everything などがありますが、オッペンハイマーは核爆弾の開発によって二つの都市の破壊、そしてそれ以後の「核のある世界」の創造という世界史の上でも派手な「功績」を残した人物だけに、この作品にもロック・ミュージシャンの伝記映画に似た派手なクライマックスシーン(爆弾実験が「成功」する場面)が出てきます。

でも彼の人生の苦悩はそこから始まります、、と作品は観客を魅せていきます。

 

 

伝記映画の主人公ですから、観ている観客は往々にして主人公の感情や経験を追体験し、次第に彼の挫折に心を痛め、成功に喜びを感じますが、日本人の私にとってすんなりそれが受け入れられない理由はやはり、彼のキャリアの中のクライマックスであり「大きな目標」(後に「達成された仕事」その後「功績」もしくは「犯罪」)であったものが核爆弾の開発である、ということに尽きると思います。

 

核爆弾の圧倒的な破壊力とその結果奪われる人命のことに思い至ったオッペンハイマーは核開発競争をやめるべきだという意見を表明し始め、それが核開発のエキスパートとしての彼の影響力を阻害される一因にもなりますから、倫理観のある善人じゃないか、とも言えますけれど、でもそれは「核分裂のエネルギーを利用して強烈な爆弾を作ることができる」という自己の理論を実現してみせた後だからこそ、とも。

 

 

日本で公開予定がないというのはやはり市民感情を傷つけるかもしれないという配慮なのでしょうか。

 

 

ところで映画が終わった後、クレジットの後に「作品中に喫煙する場面が頻出したことで気分を害した方がいらっしゃいましたら謝罪いたします」みたいなメッセージが出てきましたよ。

 

確かにオッペンハイマーも周囲の人たちもやたらとスパスパ吸ってて、そういう時代だったのよねえ、とは思っていたんですが。

 

 

人類を一瞬にして大量殺戮する爆弾を延々描写しておいて、最後に喫煙シーンの謝罪とは、と苦笑い。

 

 

 

核分裂が発見された時にオッペンハイマーが武器開発を発想せず、何か別のものを開発していたら世界はどうなっていたのだろう。


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