
スプリットピーとレンティルのダル
ダル(Dal, Daal)はインドの味噌汁みたいなもんで、家庭ごとにちょっと作り方の詳細が異なったりする、とか、ダルはホッとする味なんだ、とか言われるようです。
乾燥豆全般のこともダルというので、レンティルだけでなくチャナダル(チックピー)とか範囲が広いですが、ネットとかで見かけるダルのレシピはやはりチックピーで作るものが一般的なようです。
でもこれも、実際インドの家庭に行ってみたらもっと色々あるんだよ、って言われるかもしれません。
私のダルの作り方は基本はモントリオールにあるヒンドゥーのお寺で美味しいのを食べた後で調理していたおじさんたちに聞いた作り方で、大変美味しくできます、、が、何度も同じやり方で作ってるうちに飽きてきます。
その度にレシピを探してちょっとやり方が違う人のを真似してみます。
大体基本は同じなんだけど、タルカ(タドカ)に入れるスパイスが違う、油が違う、ダルを水にする時に入れるスパイスが違う、入れる具が違う、と、やあなるほど、味噌汁と似てるってこういう意味だったんだね、と。
随分前にイギリス領ギアナ出身の人に教わったダルはスプリットピーを使って作りますが、これも美味しい派生レシピで、たまに豆をあれこれ混ぜて作る時に必ずこれも入れます。
という次第でこの晩はレッドレンティル(皮が除去されてて剥き出しのオレンジっぽい赤いやつ)とスプリットピーの黄色い方のを使いました。
レッドレンティルは皮がない分速攻で調理可能ですが、やっぱり私は皮付きのレンティルの方がウンフ(umph/oomph)があって好みです。
ウンフってなんや?って?
カタカナ用語にはなってないかもしれませんが、日本語で言うなら、、、強いて言うなら麺類の腰みたいな、芯にある強さみたいなグッとエネルギーを湧き起こしてくるような、そんな感じの擬音語みたいな感じの言葉。
擬音語同様、オフィシャルな書類などで使うような言葉ではなく、口語です。
ちょっと気張るように力を込めて言ってみてください。
注) 食べ物評論の場でよく使われる表現としては、上記の場合の方 bite が一般的です。もし一言しか使えない場合は bite と言っておくほうが無難と言えば無難。
Whole lentils have more bite to them than split counterparts.
中国語Duolingoで気がついたこと
パンデミックが始まった2020年の春から続けているDuolingo。
最初はフラ語と中国語。
中国語はをしっかりやる時あり、フラ語ばっかりで中国語を忘れてる時あり、まあ気が向いた方をやって、とにかく毎日。
2024年にネパールのトレッキングの時と、オンタリオでのカヌートリップとで一切電波?が届かないワイルドライフで過ごした時以外ずっと毎日続けてきました。
それでも5年もやってれば、中国語は最後まで行き着いたのか、もう新しいレッスンが出てこなくて復習ばっかりみたいになり、面白く無くなって一年位中断していました。
先日その中国語を開けてみたら、レッスンの形態が増えて、漢字を書かせるレッスンもありました。
なーんだ、漢字なら簡単じゃん、というか、簡単すぎて面白くないわね、なんて思いながらはいはい、ってやってたら、ちょっと「この漢字の書き順、ちょっと違わない?」と違和感を感じるものが。
同じ漢字は日本語でも存在するから、書いたことがあるけど、と指で空中に書いてみて「やっぱり、私ならこの順番じゃない」と。
同じ漢字だけど日本に入って書き順が変わったり、ってありうる?
例えばコーヒーなら、日本語は珈琲ですが、中国語だと咖啡です。
ほぼ同じだけど、ちょっぴり違う。
あんまりにも似ているから、あれ、どっちが日本語でどっちが中国語だっけ、なんて、なりませんかね?
珈琲だなんていつもカタカナで書いてるから漢字を覚えてないだけかな?
とにかく、書き順を間違えていたかもしれないと焦ってネットで確認してみました。
そしたらね、やっぱり私が間違っていた模様です。
ガーン、ガーン、ガーン。
いい年して漢字の書き順を間違えていたなんて。
間違えていた漢字は、爬虫類の「爬」ですが、巴の部分を間違っていたので、これが入ってる漢字全般に間違えてるんでしょうね。
うぎゃー、恥ずかしい。
ちなみに爬という感じと山という文字が連なってパーシャン、でハイキングって意味なんですけど、その語源となぜその爬が日本語では爬虫類という言葉に当てられるようになったのかが知りたいです。

ここの↑部分まで来て、え?そこ?私は先に下の横線を引いてから真ん中の縦線を引くよ?と。
いつから間違えていたんでしょう。
漢字の書き順って、小学校ですよね。
習っていた時期以外では例え間違っていても、書いてるところを現行犯で見つからなければ誰にも咎められないだろうし、そもそもきちんと覚えていたのか途中で勝手に変えちゃったのか、全く記憶がない。
日本語学習者の夫に言わせると、ひらがな、カタカナ、漢字、これらの書き順という概念自体が納得いかない、こっちを先に書いてあっちを後で追加して何がいけないんだ、と言います。
この点は私も実はそう思っているし、どうせ彼は書いたものが後で自分で解読出来る程度に書けるようになれば儲け物だと思います。
夫はさておき、きちんと学校で習ってきちんと卒業したはずの自分がこんなふうに漢字の書き順で戸惑ってること自体がなんだか恥ずかしいですが、書き順に違和感を覚えつつもDuolingoは毎日続けています。
違和感を感じるたびに書き順のスクショを撮って指で宙にその文字を書いてみますが、あれれ、そうだったっけ、あれれ、と、そもそも自分はどの書き順で覚えていたかと言うそれ自体を思い出せないことも。
文字を手書きしなくなってもう何十年も経ちますからね〜。
20年ほど前には日本の親戚にお礼状とか書いて出したこともあるんですが、あの頃も文字を書くための手の筋肉に衰えを感じて大変だった覚えがあります。
買い物に行く時にはショッピングリストを手書きするんですが、自分用のメモだし、夫と行く時は夫にもわかるように英語でメモるし、爬虫類なんか買いませんから書くこともないし。
達筆
たまーに中国出身の方と知り合って色々お話しする際、こちらは地名とか人名とか、日本で覚えたものは漢字の日本語読みで覚えいて、中国語の発音から英語人が覚えてる名称になったものがピンとこないことがあるのですが、そんな時は漢字を書いてもらって「ああ、あそこの出身ですか」みたいな話をすることが結構あります。
そんな時、中国出身の方たちはみんなすごい達筆なんです。
達筆、っていうと崩し文字で読めない人のこともそう言いますけど、そうじゃなくて、本当に美しい文字を書く人が多い。
最近は中国からの留学生の若者に書いてもらって「お、中国で育っても達筆にならない人もいるんだ」と新鮮な気持ちになる方も出没しているので、これって習字などを幼い頃から教えてもらったかどうか、そういう違いなのかな?とも思いますけど。
他人の文字のことをとやかく言える身ではないんですけどね。