

サワドー、新しい配合(全粒粉多め)で余熱なしの新方式で順調です。
が、今回は成形の時にちょっと真ん中の生地を引っ張る力が強かったのか、真ん中がくびれててそら豆みたいなのができました。
成形では生地の表面を張らせるのがポイントとよく言われますが、そんなこと言ったって発酵して数時間経ったらその張りは緩んでしまうのになあ、って思ってましたが、そうじゃなかったんだと学びました。くびれから。
コメにまつわる日本人の情緒
アメリカにお住まいの方が、スーパーで見かけた「日本式」の冷凍ご飯のパッケージが日本人の感覚からするとちょっと違和感がある、と写真を投稿したのがバズってました。
あー、あるあるこういうの、あるよ〜わかる〜。
と笑った人も多かったのでは。

彼女は、中国や韓国にも同じように白米に箸を突き立てたのを死者に供えるという風習があるので、これをみてギョッとするのは日本人だけでなく、東アジア民全体が気分を害する可能性がある、と。
ご丁寧にメーカーにもその指を伝えたそうです。
日本の食品メーカーの子会社らしいので、写真を入れ替える可能性はゼロじゃないだろうと。
どうなんでしょう。
私は多分彼女の真摯な訴えは反映されないんじゃないかなあと思ってます。
どちらかというとこういう写真は、日本国内で見受けられる「変な英語」の看板や衣服のデザインの写真を並べて楽しむ eingrish.com * と同じような、笑い飛ばす系。
(*eingrish.comは今でもあるのか、ないのか、一度見たら十分な程度なので私は存じ上げません。)
異文化誤解ってのは古今東西老若男女問わず、油断した時に飛び出て笑わせてくれる、いや、恥ずかしい思いをさせてくれるもの。
商品のデザインとか写真撮影現場で商品を整えるフードコーディネーターの方とか、そこまで食品と文化背景について下調べなんかしないですよね。
そもそも米の見せ方一つで心証を害する可能性があるなんて想像すらできないんじゃないでしょうか。
欧米ではお洒落なカフェで注文したケーキにフォークがブスッと真上から垂直に突き立てられた状態で供されることもあるし。
そこら辺の感覚はちょっと違います。
知り合いには決して室内で傘を開かない人がいます(縁起が悪いらしい)が、それだって、そういうことを言われてる文化圏で育ってなきゃ、新しい傘買ったよ、見せて見せて、と居間でパカっと広げちゃう人もいそうですよね(私。)
私は母親に、敷居を踏んではならぬと言われて育ちましたが、日本人でも西洋人でも、敷居の上を踏んで通っている人を見ることは珍しくない。
敷居よりもっと頻度が高いのは畳のヘリを踏むっていうやつ。
あれも踏んじゃいけないって言われたものですが、子供の頃住んでいた実家の畳の上には一枚の畳マット?みたいなのが敷き詰めてあって、ヘリ自体がない部屋で、あとは洋間ばかりだったので、へりを意識しないで育ちまして、なので現在母が住む家の仏間で畳のヘリを踏んでは母に「これっ(=こらっ)」と言われます。
特定の文化圏特有の細かい作法や風習には、パッと説明しやすい論理的裏付けがなかったり、長い説明がないと理解できないものも。
比較的普遍的に共有される「口の中に食べ物が入ってる時に喋っちゃいけない」「人前でゲップとかおならはするべきでない」みたいなのと違って、存在そのものすら想像できないでしょうし、聞いても忘れちゃうかも。
ちょっと違う
高市首相が先日オーストラリアを訪問なさいました。
SNSで目にしたんですけれど、高市さん、オーストラリア首相のことを「アンソニー」って呼んでらっしゃったとか。
前にカナダの首相と会見した時にも「マーク」、ワシントンDCで米大統領と謁見した折には「ドナルド」って言ってましたっけ。
ドナルド、の時点でかなり批判が沸き、マーク、の時は相手がカナダで注目度が低いからかあんまり批判は耳に入ってこなかったんですけど、「あれ?」って思いました。
高市さん、欧米人は初対面でもファーストネーム呼び捨てするもんだ、って思ってる?と。
そう思ってる人って多分高市さんだけじゃないでしょう。
名前呼び捨てのみならず、欧米人の社会には敬語がなく、日本よりもフレンドリーな雰囲気だから、お辞儀でなく握手、いやハグ、いや、ほっぺにキス、とか。
日本と違うのは本当ですけど、「欧米では礼儀のルールがラフ」って言うのはかなり勘違いです。
まず敬語はないけど、丁寧な表現はちゃんとあります。
よく街角を歩いてる「ガイジン」に日本の印象などについてインタビューして、彼らが英語などで回答してるのを日本語吹き替えにしてる様子をテレビで見ますけど、大概の吹き替えで女性は「〜だわ、〜よね、〜のよ」みたいなおねえ言葉の馴れ馴れしい感じの語尾で、なよっとした声音、男性は「〜だぜ、〜しろよ」みたいな感じで現実には出会うことのなさそうなキザでマッチョな男設定。
どちらも、印象としては、タメ口聞いてて馴れ馴れしい感じ。
でも、実際は道を歩いていて真っ赤な他人にカメラを向けてインタビューされたら普通の人たちはそんな馴れ馴れしい感じじゃなくて、まともな礼儀のある大人として回答すると思うので、吹き替えをするなら、普通に他人と会話する感じの敬語調で良いはず。
でもそうやって街角インタビューなどで吹き替えで聴いてる馴れ馴れしいガイジンの印象が無意識のなかに根付いてるんじゃないのかな、って思うんです。
お互いをどう呼び合うかについても、MR.名字です、って言う人もいるし、ドナルドって呼んでください、って言う人もいる。
例えば医者をやってる人にMr名字、って呼びかけたらDr、って言い直されるとか、逆にDr名字、って呼びかけたらファーストネームで呼んでくれと言われたり。
中にはファーストネームじゃなくてミドルネームを通称にしてる人はそっちを使えって言ってきたり、もっといえばKatherineっていう名前の人の中には通称がKathyもいればKateもいるし。
とにかく、自分をどう呼べ、っていうのを指定してくる人は日本より普通に多くいます。
ちょっと話がずれますけど、Robertという名前の人の中には 通称が Robと Bobといますが、Robですって自己紹介する人にBobっていうと「いや、Robです」で、Bobの人をRobって呼ぶと「違います、Bobです」と訂正されます。
そっちの名前は自分じゃない、っていう違和感を感じるようで。
まあ確かに響きも印象も違いますけど。
公式の場面では、特に国家間の場面では、通常Mr.President(Mr.肩書)でしょう。
大統領の国もあれば首相の国もあるし、両方いる国もあるし、そこら辺は会談前に秘書などが予習して差し上げて無礼のないように用意するもんだと思ってましたけど。
今回の場合、アメリカもカナダもオーストラリアも、多分「日本ではやり方が違うから知らないんだろう」と思ってもらえてるから、あちら側の国民は別に怒ったりはしてないと思います。
呼ばれた本人達がどう感じたのかは分かりませんが、多分国交上の重要事項があれこれあるだろうから、些細なことは気にせずに、自国に有利に会合が終われるように、笑顔で良い関係を維持できるように、仕事の優先順位に集中しているでしょうね。
第一印象は最初の*秒で決まるってよく言いますが(*秒だったか忘れましたが)