繋がりと、隔離
三月ももうすぐ終わり、春はすぐそこまできていますね。
ケベック州の住民の多くがSocial Distancingをするようになって、二週間近くたちますが、政府から連日伝えられる状況や、それに伴う規制も日々変化し、家にずっといることに疲れた、人と会えないことに疲れた、と言う、こう言う状況下では最もな心理的な反応への対応として、オンラインや窓辺で「物理的に離れているけれど、繋がっていよう」と言う様々な動きが感じられます。
こんな生活は今まで生きてきて初めてですけれど、何かあると割と団結するケベック州民が、お互いに励まし合う様子は驚きというよりは「うんうん、だからここに住んでるんだよね、いいところだよねケベック」という気持ちにさせてくれます。
ソーシャル・ディスタンスという表現は、みんなが家にいて他人と接触する機会を減らすことで、ウィルスの拡散スピードを抑えましょう、ということですが、最近では「この言葉はちょっと違うね、社会的繋がりは保ちつつ、物理的距離を確保しましょう、というべきだから、むしろphysical distancing物理的距離を保つ、と言うべきだ」と言う意見が広がってきました。
どんな言葉で表現するにせよ、この作戦、ネット上の記事などで、特に日本語などでは「どこの国がロックダウン」「どこの州がロックダウン」した、と言う言われ方をしていて、そう書かれるとさも「あそこは戦争中みたいで危険だ」と言うような印象を与えます。
違いますよ〜、非常事態には違いないですけれど、これは、ウィルス拡散のスピードを抑えるための作戦なんです。
ワシントンポストのシュミレーション記事が日本語でも読めるようになったようですのでリンクを貼りますが、社会の中で個々人が普通に社会生活をしてあちこち浮遊すると、一人の個人の動きだけでも、何人もの他人と接触し、もしその個人が感染していた場合、その人が接触した人々にウィルスが拡散されるわけです。
感染スピードの速さは、全く規制していない場合は物凄いわけで、中国の湖北省のように町を完全に隔離状態にした場合と、部分的に行動を制限した場合との間でいろんなパターンをシミュレーションしてアニメーションにしてあるので、大変興味深いです。
https://www.washingtonpost.com/graphics/2020/world/corona-simulator/
ページが開いたら、日本語で読む、をクリックすれば日本語で読めます。
これを見るまでもなく、ちょっと考えればわかりますが、個人の行動を一切制限しない場合の拡散スピードは一番早くて、感染者数のピークが物凄い数になるわけです。
家に篭って他人との物理的な接触を極力抑えることで、自分も安全、他人も安全にするのです。
恐るべきはロックダウンではなくて、事実を認識しないで動き回って感染を広めてしまうこと。
とはいえずっと家にいてうんざりした気持ちになるのも自然な展開。
土曜の夕方、ご近所さんたちがお互いに呼び合い、通りにスピーカーを出して、「Physically Distant Dance Party」 物理的に離れたダンスパーティーをやりました。
夕食前20分くらいでしたけれど、みんなが元気そうな様子と、音楽に合わせて体を動かしてみんなが笑顔になっていて、楽しかったです。
スカイプや電話で友人や家族とやり取りする頻度が上がっている昨今、ケベック大手のインターネット通信会社Videotronは契約通信量の超過料金を取らない、と発表したそうです。
仕事でもネットを多用するし、困ったなあと思っていたので助かります。
夜は映画見放題かも。