今週のお題「感動するほどおいしかったもの」
ルームメートがお腹を満たすために作った
モントリオールに来た当初は、ルームメート二人と暮らしていました。
私が住んでいたアパートメントは、とにかく古くて、歴史博物展みたいなのを見にいったら、展示されてた200年くらい前の地図にうちの建物もあったりして。
歴史的建造物とか大きな教会とかではなくて一般住宅が結構残ってる(現存するものの大半はかなり補修されていますが)のがモントリオール他、北米の古めの街(東側)です。
古いのでパッと見は素敵でしたけど、よくみると古くて壁が一部分崩れかけていたり、断熱材の素材も古いから寒いし、天井がバカ高くって(素敵ですけど)暖房入れても冷えたままだし。
ケベック州でその昔行われた分離独立をめぐる住民投票の2度目があった後だったこともあって、ケベック州は政治不安を嫌って大きな企業が続々と隣のオンタリオに本拠地を移したり、経済的に落ち込んでいた時代でしたので、物価も家賃も安くて学生やお金のない人たちには住みやすい時期でした。
私たちもお金を持ってない学生たち。
本当にお金がないので、たまに質屋に持ち物を持っていってたり。
そういえばあの辺には質屋が何軒かあったんですよ。
もう最近はなくなりましたけど。
私は質屋にものを持っていくのは嫌だったし、贅沢しないで地味に支出を抑えつつ暮らしていましたけど、ルームメートたちは割とのびのびと支出して、げ、もうお金がないじゃん、お金かして?というパターンがあって、私も「ごめん貸す金はないから」とノーを言う訓練をさせてもらった感じです。
そんな私たちでしたが、いつものようにお金のないある日、台所から良ーい匂いが。
ルームメートのJが、フライパンにスライスしたニンニクとオリーブオイルを入れてじっくりゆっくり加熱して、ものすごく美味しい匂いを発生させていたのです。
もう一人のルームメートBと二人で「うわーお腹減ってきた、Jは何を作るんだろう?」
私一人だったらそう思うだけで終わりましたが、Bは「へいJ、何作るの?すごく美味しそうな匂いがするよ!」と。
Jは「ただのパスタだよ」
そしたらBがさらに満面の笑顔で「そのパスタ、僕ときゃすぴえの分も作ってもらえるかな?」
Jは三人の中で一番しょっちゅうお金に困っていたので、Bのそのお願いを聞いて眉間がきゅっと引き締まったのを私は見逃しませんでした。
お金ないのにパスタを三人分作ってくれ、って言われたらそりゃ嫌だよね。
と思ったら、「いいよ、ノープロブレム」
そしてちょいちょいちょい、っとエンジェルヘアーという極細のパスタを沸いてるお湯の中に入れ、さささっとフライパンをかき混ぜ、茹で上がったパスタを入れてかき混ぜたらパルミジャーノチーズをチーズおろしでガガガっとおろして混ぜて、皿によそって「できたよ〜」
これがものすごーく美味しくて、こんなシンプルで簡単にできちゃうもので、パスタの茹で加減とかニンニクの分量とか、本当に絶妙で美味しくて、この日以来私はJをただの金欠のルームメートではなくて、お金がなくても美味しいものを食べるグルメ先輩(年下ですけど)として崇め奉ようになったのでした。
その後彼はモントリオールを去って生まれ故郷のウィニペグで暮らしていて、何度かモントリオールに遊びにきた折には飲みに行ったり彼とガールフレンドが滞在していたエアBでご飯を作ってくれたり、美味しいものを味わう時間を何度も過ごしましたけど、あの時のシンプルなエンジェルヘアーのパスタ、あれを上回る感動的な美味しいものはないかもしれません。
あんまりにも美味しかったので、私はJに作り方を聞いて、その後しばらくはパスタを買うならエンジェルヘアーばかり、パスタを作るならパルミジャーノとオリーブオイルとニンニクで、ってそればっかりだったんですけれど、毎回それはそれなりに美味しいですけれど、Jが作ってくれたあの時のような感動はないんですよね。
なんでだろう、お金ないのにケチらず、ちょっと表情は引き攣りながらも気前よく作ってくれたでしょうか。
食べた時の私たちがお腹ぺこぺこだったせいでしょうか。
Jが料理上手だっていうこともかなりポイントですけれど。
当時モントリオールに来たばかりだった私に、食料買い出しのコツとかあの店が良いこの店は要注意などと教えてくれたJ。
「パルメジャーノはおろしてパッケージされてるものを選んじゃダメだよ。塊は高く感じるけど、香りが全然違うから」
などと。
懐かしいな〜。
味の記憶、いや、味覚そのものも、その時の感情や作ってくれた人や一緒に食べてる人たちとの関係などで大きく左右されるものですから、あのパスタの美味しい感動が再現できないと言うのは、まあそういうことなのかな。
毎日そこそこ小さな感動はあって、よく作ってる同じものでもやっぱり口にして喜びを感じてはいるんですけどね。