ケベック州の言語政策の歴史
ケベック州に関心のない方には興味のない話題ですけれども、何しろ住んでいる身には気になる話題ですので前回の続き、行きます。
公用語がフランス語とはどういうことか
行政、司法、教育、商業、医療の場などで人々がフランス語で業務に従事、かつサービスを受ける権利を保証するもの、ということです。
1977年に制定された、Bill 101 (Loi 101)という法律がその拠り所です。
これが制定されたころ、ケベックはかなり大変だったようです。
何しろこの法律が制定された後、フランス語がうまく使えないという理由でそれまでついていた職業を続けることが困難になってしまう人たちが続出したわけです。
これをきっかけにオンタリオ州に引っ越して行ったアングロ系住民はかなり多く、私の友人のご両親もこの頃まではモントリオールに住んでいたのですが、法律の制定を予感してオンタリオに仕事を見つけて引っ越して行きました。
1971年の国勢調査の時点では母国語が英語の住民は全人口の13%だったのが、2011年の時点では7.6%とアングロフォン・ケベッカーの割合は確実に減っています。
私がケベックにきた頃の印象は、フランス語圏であるケベック州にフランス語が苦手な英語系住民がいて、意地悪な法律に頭を悩ませている、という状況だったのですが、「でもね、フランス語圏にいるんだししょうがないじゃん」と言ってはアングロの方に「ケベック州は仏語系住民だけの州ではない、英語系だって元々たくさんいたんだ」とお叱りを受けるという感じでした。
基本的にはアングロ系住民には悪名高いBill 101 ですが、外国からカナダに移民してきて、その移民先としてケベック州、特にモントリオールに落ち着いていたアロフォン住人にとってもこの法律制定後の生活は大きく変わりました。
最初にBill 101が制定された折には「ケベックで英語教育を受けた親をもつ子供たちは英語での初等教育を受けることが許可」されていました。
要するにアングロの家庭の子供たちにまでフランス語での教育を押し付けることはしませんと。
でもこれだと、仮に仕事の都合などでケベック以外の州から引っ越してきた人たち(当然アングロ)の子供たちにはその権利が認められないということになる。
ということで後年Bill 101の改訂事項として「カナダで英語で初等教育を受けた親をもつ子供たち」に英語教育を受けられる対象が拡大しました。
が、これにはご近所アメリカやイギリスのコモンウェルス諸国など、カナダと繋がりの深い国々からケベックにやってきた非カナダ人アングロの権利は含まれません。
また、日本人やドイツ人など母国語での初等教育が英語ではない国出身の人たちは対象外ですから、移民の子供たちは自動的に仏語系の小学校へ上がり、高校を出るまでの教育の言語もカリキュラムも仏語系システムに吸収されます。
これには多くの人たちが反発しましたが、政治家やお金持ち、大手企業に派遣された人々などは自分の子供をプライベートの英語系の学校へ入れることができますが、一般庶民や貧しい移民などはこれができません。
この法律は非カナダ人アングロとアロフォンの英語で教育を受ける「権利」を剥奪している上、貧富の差による教育機会の格差を広げているという批判の所以です。
高等教育の選択の自由とBill 96
これまでこの法律で規定されてきたのは初等教育で、高校を出た後は個人の能力と希望に従って英語系でも仏語系でも選択することができます。
ケベック州の教育システムはよその州とは若干違い、高校と大学の間にCEGEP (セジャップ)というものがあり、ここで二年間勉強してから大学1年生に進みます。
よその州からケベック州の大学にやってきた人たちは大学0年生から始めて4年で卒業ですが、ケベックのシステムで上がってきた学生は1年生から始めて3年で卒業することになります。
留年する人もいますけどね。
ということで、高校まで仏語系のシステムでやってきたけれど、自分の将来設計を考えて英語系のCEGEP に進みたい、というフランコフォンの若者も年々増えています。
CEGEPだけでなく、その先の大学、大学院、就職、起業、など色々な将来を考えると、フランス語だけではなく英仏両方不便なく使える方がいらない壁にぶち当たることがなくてすみます。
英語系のCEGEPはモントリオールに州立が3つ、プライベートが一つ、ガティノとサウスショアに州立が一つづつ、合計5校あり、残りは全部仏語系ですので、州内の高校生で英語系のCEGEPに進みたいと思った人たちはたった5校に集中します。
そのため近年英語系のCEGEPは学生数が増え続け、一方仏語系は学生数が減少しているのですが、これが気に入らないのがケベックナショナリストの人々。
現政権はナショナリストよりですから、パンデミックのどさくさに紛れてつい先日、Bill 96「ケベックの公用語であるフランス語を尊重する法」法案が提出されました。
この法案が可決すれば、アングロCEGEPが受け入れることのできる学生数に制限がかかり、受け入れられなかった学生は仏語系に進むことを余儀なくされます。
この法律で迷惑を被るのは実は進路を邪魔されかねないフランコフォンやアロフォンの学生たちです。
この記事の中に登場する二人の若者はいずれも英仏バイリンガルで英語系CEGEPで教育を受けたフランコフォン。
二人とも、英語を使うことで広がる可能性を認識しており、バイリンガルであることはネガティブなことではないのだから、これからの若者の可能性をつむような法案に抵抗を感じているようです。
ひょっとしてケベック州に仕事や留学でおいでの予定がある方々は、英語だけだと観光で滞在するよりは居心地が悪いかもしれません。
フランス語がわかる方は、ケベック弁に慣れて仕舞えばそれほど不自由はないですし、結構良いところなんですけどね。
私はユニリンガル・イングリッシュ・カナダよりもケベックの方が居心地が良いです。